竹島問題の歴史

4.12.07

1894-1948 朝鮮領土の境界

以下は1894年~1948年の間の内外の書籍に書かれた朝鮮の領土東端の変化を抜書きしたものです。朝鮮の東端が分かるように東経の最東部のみを列記しました。

朝鮮の東端が東経130度33分~58分と多少のバラエティーはありますが、いずれも東経130度であることは重要です。竹島(リアンクール岩)は東経131度52分に位置するからです。いずれの文献も竹島が朝鮮領土外であったことを示しています。以下の文献の中で一番新しいもの(1948年)でも欝陵島の隣島の竹嶼が韓国東端としています。

これは竹島編入のあった1905年の前後でも大きくは変わっていません。編入のずっと前から竹島は韓国領ではなかったのです。つまり、これらのデータは韓国側の主張するように日本が韓国の領土を奪い取ったという事実はなかったことの客観的な証明になります。
(Kaneganeseさんのご協力に感謝します)

(1) "新撰朝鮮地理誌" (大田才次郎) (1894):
東経130度35分

(2) "朝鮮水路誌" (水路部) (1894):
東経130度35分

(3) "朝鮮紀行" (イザベラ・バード)(1894~1897年の紀行文):
東経130度33分
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2007/11/from-korea-and-her-neighbors-by.html

(4) "大韓地誌" (1899):
東経130度35分
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2007/11/1894-1948-korean-territory.html

(5) "朝鮮開化史" (恒屋盛服) (1901):
東経130度35分

(6) "韓海通漁指針" (東京 黒龍会 葛生修吉) (1903):
東経130度35分

(7) "韓国地理" (矢津昌永 丸善) (1904):
東経130度58分

(8) "最新韓国実業指針" (岩永重華) (1904):
東経130度35分

(9)"日本民族の新發展場萬韓露領地誌" (岡部福蔵) (1905):
東経130度35分

(10) "韓国新地理" (博文館) (1905):
東経130度58分

(11) "韓国水産業調査報告" (農商務省水産局) (1906):
東経130度35分

(12)"初等大韓地誌" (安鍾和) (1907):
東経130度58分

(13)"大韓新地志" (張志淵) (1907):
東経130度58分

(14)"初等大韓地誌" (安鍾和 柳瑾) (1908):
東経130度58分

(15)"韓国水産誌" (1909):
東経130度42分

(16) "地誌 (지지)" (1909):
東経130度35分

(17)"最新 朝鮮地誌" (日韓書房編集部) (1912):
東経130度54分

(18)"朝鮮現勢便覧" (1935):
東経130度56分23秒
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2007/11/1894-1948-korean-territory.html

(19) "朝鮮常識問答" (崔南善) 1947:
東経130度56分23秒
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2007/10/where-have-all-usandos-gone.html
(上記の(14)をご覧ください)

(20) "朝鮮常識" (崔南善) 1948:
東経130度56分23秒

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