竹島問題の歴史

9.12.07

1905年1月28日 閣議決定資料

以下は公文類集第29編から1905年の竹島編入の閣議決定の資料です。

口語訳です:


明治38年1月28日

別紙の内務大臣の無人島所属に関する件の請願提案(請議)を審査したが、(この提案の内容は)この北緯37度9分30秒、東経131度55分、隠岐島から西北85海里のところにある無人島はこれまで他国が占領したと認めるべき形跡がなく、一昨年(明治36年、1903年)日本の中井養三郎という者が漁舎を建て、人夫を移して、漁具を備えてアシカ猟に着手し、今回領土編入並びに貸下げを出願したので、この際所属と島名を決める必要があり、この島を竹島と名づけ、これから島根県所属の隠岐司の所管にするということにある。審査したところ、明治36年(1903年)以来、中井養三郎という者がこの島に移住し漁業に従事したことは関係書類から明らかであり、国際法上占領の事実があると認め、これを日本の所属とし島根県所属の隠岐島司の所管として差し支えないと考えられた。よって、提案の通りに閣議決定してよいものと認める。

原文です:


明治38年1月28日

別紙、内務大臣請議無人島所属に関する件を審査するに、右は北緯三十七度九分三十秒、東経百三十一度五十五分、隠岐島を距る西北八十五浬に在る無人島は、
他国に於て之を占領したりと認むべき形跡無く、一昨三十六年、本邦人中井養三郎なる者に於て漁舎を構え人夫を移し、漁具を備えて海驢猟に着手し、今回領土編入並に貸下を出願せし所、此際所属及び島名を確定するの必要あるを以て該島を竹島と名け、自今、島根県所属隠岐司の所管と為さんとすと謂ふに在り。依て審査するに、明治三十六年以来、中井養三郎なる者該島に移住し漁業に従事せることは、関係書類に依り明なる所なれば国際法上占領の事実あるものと認め、之を本邦所属とし、島根県所属隠岐島司の所管と為し差支無之儀と思考す。依て請議の通り、閣議決定相成可然と認む



(お願い:明治時代の古文にお詳しい方、訳におかしな点があればご指摘をお願いします。)

The translated text in English is here:
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2007/11/28th-of-january-1905-dicision-by.html

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