1711 - Bak Chang-seok's (朴昌錫) Map of Ulleungdo
下の地図は朴昌錫が1711年に行った鬱陵島検察の後に描いたとされる「鬱陵島圖形」です。韓国国際文化大学大学院Lee Sang-tae教授の「Hstorical Evidence of Korean Sovereighnty over Dokdo」 という書籍を写したものです。この地図はこの竹島論争において特に重要です。というのは、この地図は于山島を鬱陵島の東岸に隣接島として描いているだけではなく、"海長竹田(海長竹の竹林)"がある、と記述しているからです。この海長竹とは、7メートルにも成長する種類の竹で、しかも竹島/Liancourt Rocksは竹林が成長できる土壌のない島ですから、地図に描かれた于山島が"独島(竹島/Liancourt Rocks)"である可能性をこの地図は全否定するのです。
地図が于山島を鬱陵島のすぐ東の沖に竹林を持つ単独の島として描いているのにも関わらず、この本の著者であるLee Sang-tae教授は、地図の于山島のすぐ横に"独島"と書きこんでいます。これは、韓国の学者が"独島"のことになると如何に盲目になってしまうか、のよい例です。独島/竹島/Liancourt Rocksはそもそも二つの大きな不毛な岩で構成される鬱陵島から92km南東にある島なのです。
拡大図で漢字(「海長竹田 所謂 于山島」)がよく読めます。
1694年、この地図が作成される16年前に張漢相が鬱陵島を検察しています。その報告書の中で、彼はこう書きました。
検察使の張漢相も、鬱陵島東2km沖に小さな島があることを書いています。この小さな島はほぼ確実に1711年の地図の于山島だと考えられます。(鬱陵島の)東約2kmの処に小さな島がある。それは大きくも高くもなく、海長竹が一面に生えている。
(原文)
東方五里許 有一小島 不甚高大 海長竹叢生於一面
現在の鬱陵島の東沖約2.2kmの所に、竹嶼(韓国名 竹島)があり、そこにはいまだに背の高い竹が生えています。1711年の朴昌錫の地図の于山島と1694年の張漢相の報告にある小さな島は、明らかに"独島"を指していません。その代わり、ほぼ確実に現在の鬱陵島の隣接島である竹嶼を指していることは間違いありません。(1711年の検察報告についてはこちらを参照→1711年 鬱稜島に派遣された検察官朴昌錫の残した碑文 )
1711年の検察は安龍福の事件の後に行われました。つまり、安のいう于山島とは、結局鬱陵島の隣接島である竹嶼であり、竹島/Liancourt Rocks/独島では無いということになります。
1711年の地図の左側には次のような文章が載っています。
辛卯(1711)の年の5月14日、倭船倉(日本人の船倉庫)から待風所へ向かった。後代の為の指標として一句読まれ、木に刻まれ、東に向かう岩の上に建立された。この句は、鬱陵島の古地図の多くにその存在が示されている標識に刻まれていたものであるようです。青々とした遥かなる海を将軍は桂舟で渡ってきた。生涯忠誠心を持った人物であり、困難であっても憂えることは無い。捜討官:折衡將軍 三陟營將兼水軍僉節制使 朴昌錫、軍官 折衡 朴省三、金壽元、倭學(日本語通訳) 朴命逸
(原文)
辛卯五月十四日自倭舡倉移舟待風所拙書
一句以標日後(刻立卯岩木於方上)萬里滄溟外將軍駕桂舟平生伏忠信履險自無漫搜討官折衡將軍三陟營將兼水軍僉節制使朴昌錫軍官折衡朴省三金壽元倭學朴命逸
Wow, Kaneganese. That was fast. I posted the map, and the next thing I know is you have a translation up. Great job.
ReplyDeleteKaneganese,
ReplyDeleteGreat job indeed.
Just a correction:
地図の下の文章の3行目、「以下に」は「如何に」ですよね。
それにしても、お疲れ様でした。
Thank you, Gerry.
ReplyDeleteThank you, pacifist!
I'll correct it right away.
Kaneganese,
ReplyDeleteThanks for the swift correction!
Korea's new evidence
ReplyDeletehttp://news.chosun.com/site/data/html_dir/2007/12/04/2007120400027.html
(Korean)
http://kimura-nobuo.cocolog-nifty.com/laboratory/2007/12/hy_0a25.html
(Japanese)
Kaneganese
GOOD JOB!!
Thank you, Ponta.
ReplyDeleteWe were just talking about it here and Gerry gave us the same sentences with missing pages. And it turned out to be a sham as always.
It seems like the book itself was found newly, but the passages are not newly known at all. And more importantly, it is not Usando which can only be seen from high mountain with a clear weather, but it was Ulleundo itself. it clearly tells this. They didn't show the next pages and cut sentence short ("不因海氣極淸朗不登最高頂則不可見鬱陵稍")since it will reveal the truth. They shot their own foot again.
Kaneganese
ReplyDeleteOh! Okay.
Thanks kaneganese.
And Pacifist, I saw your new post ご苦労さま