竹島問題の歴史

22.2.10

2010 - Feb. 22 - Happy Takeshima Day !!

Today, the Shimane Prefectural Government marked its fifth "Takeshima Day(竹島の日)", since its assembly approved an ordinance establishing Takeshima Day in 2005. To my surprise, 10 members of National Diet participated in the ceremony, held in Matsue today, according to Sankei Shimbun. Though none of the official of Ministry of Foreign Affairs nor the Diet member of the ruling party joined, it's a great progress considering it was only 3 of them last year.

2010 - Feb. 22 - "Fifth Takeshima Day ceremony was held in Matsue (5度目の「竹島の日」 松江で記念式典)" (Sankei Shimbun, Japanese) cache

(picture left, by Kimura from Sankei)

Oh, the Korean protesters came to Matsue and had a outdoor protests as always. You can see the usual member in the protest group. Check the video below out. But it looks Korean got less interested in Shimane's Takeshima Day gradually every year in the last 5 years.

2010 - Feb. 22 - Korean protested with the banner(韓国人が横断幕で抗議)"(Kyodo, Japanese)

According to Asahi Shimbun, 90 % of public schools (primary & Junior high schools) in Shimane are going to have the special class for teaching Takeshima this year.

2010 - Feb. 22 -  "Takeshima class" expands to more than 90% schools (広がる「竹島」授業/小中学校9割超で実施)" cache

114 comments:

  1. Happy Takeshima Day from “Komi” and “Yashi” !!

    Happy Holidays from Takeshima Day’s Official Cartoon mascots “Komi” (Komura) and “Yashi” (Hayashi). Help us celebrate over a century of Japanese expansionism by passing on this lovely greeting card to all of your friends!

    Happy-Takeshima-Day?

    Seriously, who was the retard Japanese lobbyist who dreamed up a holiday which honors an annexation of territory during the largest war of the day? Great foreign policy move….

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  2. Hotlinks down again here?

    This blog has issues.

    http://www.dokdo-takeshima.com/wordpress/wp-content/images/takeshima-day-truth-2.jpg

    Happy Russo~Japanese War to you too, Kaneganse!!

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  3. Happy Takeshima Day !!

    みなさま、たけしましておめでとうございます。


    どなたか下のリンクの記事を訳してはいただけないでしょうか。漢字だけ読んでもきな臭いにおいがします。
    東亜日報1974年5月22日の記事です。

    http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/toa.html

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  4. yabutarouさん

    たけしましておめでとうございます!

    面白そうな記事ですね。私からもお願いしたいと思います。(すでに沢山お願いしている状況で、心苦しいのですが。)(ところで、元の韓国語の文字データがあれば、翻訳がより早くなると思うのですが。)

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  5. Korean TV news on Takeshima Day from KJ club.

    独島妄言糾弾闘い闘い闘い

    Russian diplomat wrote a book which shows "Dokdo" as Korean territory in 1892 ? I'd like to read the book, I mean, really.

    "100余年前, 独島が韓国領土というのを言及した私はロシア外交官の本も翻訳出版されました.

    去る 1892年出刊されたこの本は独島の同道と書道まで区分して表記するなど独島が韓国領土なのを明らかに明らかにしています. "

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  6. Kaneganeseさん

    残念ながら文字データはありません。 替わりにocrソフトで画像をテキスト化して機械翻訳にかけてみました。「心眼」 で読み取れば、なんとなく意味がわかるような気がします。。

    東亜日報
    秘話第一共和国第十一話
    1974年5月22日
    -i五三(°j/784;삼)년 ㆍ一(북)월二十七이십실)일 日本(일본) 시/560;네」 (島根(도 근n幅(현) a春三十(관현삼십)여/749;이 日本海上(일본해상)보안청순시선 二0)척 에분슬15島(득도새l 상/449;하여 15島(득도)조난治民(어민)위/161;비」 /484; 파괴하고 島根幅島五個村竹島(도근현도/784;개존죽도) 라는 /610;/568;들 박아능/564;다.

    -i五三(゜jモサム)年 ・一(北)月二十七二十室)である 日本(日本) 島根」 (島根(度およそn幅(現) a春三十(管弦三十)黎明が 日本海上(日本海上)保安清純視線 二0)ぽんとエブンスル15島(得度の間l 上陸して 15島(得度)遭難治民(漁民)慰霊碑」 を破壊して 島根幅島五個村竹島(ドグンヒョンドモゲゾンズックも) というメッマルドルバックアヌングマンダ.

    이/084;한행 패대해 整國(한국)정부는 日本(일본BI/924;성에 할의하는한편 경찰/196;하여금 日入 (일인)들이세운獨島(득도) l 日本領土權識(일본영토표식)/484; 없였다.

    イロハンヘングペデして 整国(韓国)政府は 日本(日本BI無声にハルウィハヌンハンピョン警察路とって 日入 (一人)入り世運独島(得度) l 日本領土権識(日本領土表式)をなかった.

    七(실)월十二(십이)일엔 日本(일본) 시/560;네」 현第八海上商的mE2때상관내)보 안청소속순시선 헤꾸라」 가 獨島(득도)부근에 접근했다한국경비정의 증격들 받기 도했다.

    七(糸)月十二(十が)仕事には 日本(日本) 島根」 現第八海上商的mE2テサンググァンネ)補アンチォングソソックスンシソンヘクだと」 が 独島(得度)近所にゾブグンヘッダハングックギョングビゾングのズングギョックドル受ける度した.

    .整日(한일)회담代表(대표)였고 특히 對日平和(대일평화)조약초안 수정작업에 참 여했던南鎭年(유진/784;nl는 15島(득도)/484; 平和(평화)조약에 /749;기하지/566;아 /784;/000;투고 끌 분쟁의씨/484; 남겨놓은것 이라/732;서 「흐表(조안)수정」 작업당시/484; 다음과갈0 회고했다.

    整日(韓日)会談代表(代表)だったし特に 対日平和(対日平和)条約下書き修正作業に参加した南鎭年(ユジンモnlは 15島(得度)を 平和(平和)条約にミョングギハジマンよ砂投稿鑿ブンゼングウィシを残しておいたこと載せると言いながら 「フ表(粗案)修正」 作業当時をダウムグァガル0 回考した.

    .-i五-(일구/784;일)년三(삼)월/568; 법/924;부법/924;국장 洪整基(홍진기)가 對日平和(대 일평화)조약조안이실/536; 아사 (朝日(조일))신/928;들 들고南鎭年(유진/784;)/484; 찾/564; 다.

    -i五-(一口某日)年三(麻)月末法務省法務局長 洪整基(ホンジンギ)が 対日平和(台イルピョングファ)ゾヤックゾアンイシルリン餓死 (朝日(朝日))新聞たちらで南鎭年(ユジンモ)をチァッだけだ.

    초안내용중 우/532;나라와 이해관계가 잇는 부분이 적지/566;고 補風行l속)재산처/532; 규정은우/532;나라에 불/532;한 결과/484; 조/000;할것같다.

    下書き内容中我が国と利害関係の引き継ぐ部分がゾックジマンゴ 補風行lの中)財産処理規定恩遇里国に不利な結果をゾレするようだ.

    .整國(한국)재산의 八五(팔/784;)%나되는 補風行l속)재산처/532;/484; 日本(일본)과협으 결정하라니 이것은 한국의 독/549;들 日本(일본)과협의 결정한다는 것과 다/492;없는것 므/196; 南鎭年(유진/784;)는 생각했다.

    整国(韓国)財産の 八五(八母)%ナドエは 補風行lの中)財産処理を 日本(日本)グァヒョブウ決めてってこれは韓国の独立たち 日本(日本)科協の決めるということと違いないのムで 南鎭年(ユジンモ)は思った.

    이협정으/196; 補風行l속)재산에 관한 완전한 所右權(소유권)들 이미 취득했으므/196; 日本(일본)과 다시 /924;슨 협의할 이유가 조금도 없는 것이엇다.

    李協定で 補風行lの中)財産に関する完全な 所右権(所有権)らもう取得したので 日本(日本)とまた何の協議する理由が少しもないゴッイオッダ.

    .설사 日本(일본)이 이 재산처/532;에관해 /924;슨 할/568;이 잇다/732; 그것은 재산들 귀속^ 키고 소유한 美國이국새l 대해 할 것이지 한국들 상대할것이 아니다는 것이 南鎭 年(유진/784;) l 견해였다.

    たとえ 日本(日本)がこの財産先りえ官して何の言うことが引き継いだらそれは財産たち帰属^ つけて所有した 米国異国の間l 大海するはずであって韓国たち相手することではないということが 南鎭 年(ユジンモ) l 見解だった.

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  7. 日本(일본)신/928;에까지 평화조약초안이발표된이상 이해관계국인 하국에도 초안을 송부했들것므/196; 여겨 져 사실여부/484; 洪整基(홍진기)에게 불엇므나 /784;/480;다」 고 했다.

    日本(日本)新聞にまでピョングファゾヤックチォアンイバルピョドエンイサング利害関係国である夏菊にも下書きをソングブヘッドルゴッムで思われて真否を 洪整基(ホンジンギ)にブルオッムや分からない」 と言った.

    .시간들 다투는 /928;제라 조바심들 치던 南鎭年(유진/784;)는 /728;실전 整美大使(주미대 사)/484; 그/564;투고 새/196; 국/924;증/532;가된 張勉(장/732;)들 /564;난들때 연제 /924;슨일이 잇든지 나/484; /564;날일잇므/732; 찾아주시/784;.

    時間争う問題だと焦燥たち打った 南鎭年(ユジンモ)はミョシルゾン 整美大使(駐米大使)をグマントで新たにグックムズングリがドエン 張勉(場面)ら万乱たち時演題何の事が引き継ごうが私をマンナルイルイッムならチァッアズシモ.

    아/924;/532; 바빠도/564;나겠소 라고한 /568;이 생각나 張勉 (장/732;)들 찾아가 다짜고짜/196; 평화조약조안애기/484; 하고 한국정부의 의견서/484; 시급히 작성 발송할 필요가 잇다고 강조했다.

    いくらバパドマンナゲッソラゴした言葉が思い出して 張勉 (場面)ら尋ねていきなり平和条約粗案赤ちゃんをして韓国政府の意見書を急に作成発送する必要が引き継ぐ強調した.

    .張勉(장/732;)흘/532;는 南鎭年(유진/784;) l 주장들 수금했으나 美國이국)정부에서 보내온 평화조약조안이 한국정부에 와잇엇는지조차 /784;/476;고 잇엇다. 비서관들 시켜 사방에 발아왔으나 아/924;도 /784;/480;다고 했다.

    張勉(場面)流す 南鎭年(ユジンモ) l 主張など集金したが 米国異国)政府から送った平和条約粗案が韓国政府にワイッオッヌンジさえ分からなくてイッオッダ.秘書官たちさせて四方にバルアワッウや誰も分からないと言った.

    ./928;제의 「초안」 향방들 찾지붓하고 그날은 허탕쳤으나 二0 ) 三(삼)일후 張勉(장/732;)좀/532;가 南鎭年(유진/784;)/484; 급히불/084; 度商(경남)도청안 국/924;증/532;실/196; 찾아간더니 /924;슨 서/448;/484; 손에들고붓/560;땅해했다.

    問題の 「下書き」 の方向チァッジブッしてその日はむだな骨折りをしたが 二0 ) 三(麻)日後 張勉(場面)ゾムリが 南鎭年(ユジンモ)をグブヒブルロ 度商(慶南)盗聴の中国務証里室でチァッアガンというが何の書類をソンエドルゴブッマタングヘした.

    평화조약초안이 벌써 二0 )주일전 대퉁/161;앞므/196; 온것들 어떤 비서 서랍속에 여태까지 넝어투엇다는 구/084;.

    平和条約下書きがもう 二0 )週間前デトングリョングアブムでオンゴッドルどんな秘書引き出しの中に今までノングオトオッダはグロ.

    초안」 들 손에 쥔 南鎭年(유진/784;)는洪整基(홍진기)와함께 /732;밀히 검토했다

    下書き」 野手に握った 南鎭年(ユジンモ)は洪整基(ホンジンギ)ワハムに綿密に検討した

    南鎭年(유진/784;)는 의견서 작성 준비에착수제일/732;저 찾아간것이 뿐商善(최남선) 이엇다. ㆍt馬島(대/560;도)는 日本(일본)이奪取(달취)

    南鎭年(ユジンモ)は意見書作成ズンビエチァックスゼイルミョンゾ尋ねたのがだけ商善(崔南善) イオッダ. ・t馬島(対馬島)は 日本(日本)が奪取(ダルツィ)

    역사상으/196; 한국영토라고 주장할수잇는 섬이 /924;엇인지 발기위할이엇다

    歴史上に韓国領土とズザングハルスイッヌン島が何なのかバルギウィハルイオッダ

    對馬島(대/560;도새l 관해 章承晩이슬/564;)은 -i四八(일구사팔)년 八(팔)월二十이 십)일 우/532;는 對馬島(대/560;도)/484; 한국에 반환할것들 日本(일본새l요구할 것이라고 주장二對馬島(대/560;도)는 上島(상도)와下島( l도) l 二島이도)/196;퇴어 整日(한일) 양국중간에 자/532;잡은것인데 수백년전 日本(일본)이 달취한것이라 고강조했다.

    対馬島(対馬島の間l 関して 章承晩露だけ)は -i四八(イルグサパル)年 八(腕)月二十二十)である私たちは 対馬島(対馬島)を韓国に返還すること 日本(日本の間l要求すると主張二対馬島(対馬島)は 上島(常道)と下島( lも) l 二島利刀)ロトエオ 整日(韓日) 両国中間にザリザブウンゴッなのに数百年前 日本(日本)がダルツィハンゴッだから故強調した.

    제안이유는ㆍt馬島(대/560;도)가원/000; 新歷(신라새l 속한것으/196; 日本(일본) 「나가사 끼」 (長崎(장기))/196;부터 -百十i(일백십구)/560;일이나퇴나 登山(부산)부터는 三十 三(삼십삼)/560;일에불과철씬 가깝고 두개主島(주도)/196;형성된까닭에 「투설」 이라고 /749;/749;됐던것 등이엇다. 0十愛在(박순재)기자)

    提案理由は・t馬島(対馬島)仮元々 新歴(新羅の間l ソックハンゴッで 日本(日本) 「ナがサ食」 (長崎(長期))から -百十i(イルバックシブグ)マイルイナトエや 登山(釜山)からは 三十 三(サムシブサム)マイルエブルグァチォルシン近くて二つ主島(主導)ロヒョングソングドエンカダックに 「投書を」 と命名されたことドングイオッダ. 0十愛在(バックスンゼ)記者)

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  8. 5月23日と5月24日に続きの記事があったので追加しました。残りの作業は仕事から帰ってからやります。

    韓国の政府高官の自叙伝か何かに同じような内容の文章があったような気がしますが全く同じものなのでしょうか。

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  9. 東亜日報 1974年5月22日
    秘話 第一共和国 276
    第十一話 李承晩と日本 4
    独島領有権をめぐって韓日間紛糾・・
    対日平和条約草案に 所有権明記せず

    日官憲 漁民慰霊碑破壊
    1953年6月27日、日本島根県の官憲30余名が日本海上保安庁の巡視船に分乗し、独島に上陸して「独島遭難漁民慰霊碑」を破壊し「島根県島(訳注:隠岐が抜けている)五個村竹島」という・・を・・した。
    このような・・に、韓国政府は日本外務省に抗議するとともに、警察(警官)をして日本人がたてた独島日本領土権識を撤去せしめた。
    7月12日には日本島根県の第八海上管内の保安庁所属巡視船「へくら」が独島付近に接近し、韓国・・・の銃撃を受けたこともあった。
    独島領有権をめぐる韓日間の紛糾は、このような頻繁な小規模衝突を誘発し、李承晩執権期間内に・・継続した。日本は独島問題について、1960年3月26日現在で41回の「対韓抗議」をするほどだった。

    韓日会談代表であり、特に対日平和条約草案の修正作業に参与した兪鎮午(ユ・ジノ)氏は「独島を平和条約に明記せずに残しておいたために紛争の種を残した」として「草案修正」作業当時を次のように回顧した。

    1951年3月末、法務部法務局長の洪璡基(ホン・ジンギ)が、対日平和条約の草案を掲載した日本の朝日新聞をもって兪鎮午をたずねた。
    「草案内容中には、我が国の利害関係に関わる部分が少なくなく、帰属財産の処理規定は我が国に不利な結果を招来するようだ。」
    兪鎮午が、草案内容を検討した結果、帰属財産処理規定は、不利どころではなく、韓国にとって明らかに危険なものであった。
    草案4条A項の規定には、韓国内にある日本財産処理と日本内の韓国財産処理は、韓日両国間の「特別協定」で決定されることになっていた。
    「韓国財産の85パーセントにもなる帰属財産処理を日本と協議して決めろとは、これは韓国の独立を日本と協議して決めるのと同じこと」だと兪鎮午は考えた。
    帰属財産は、米軍政法令33号のより、米軍政庁に帰属し、「韓米間の財政および財産に関する・・協定」で、その財産一切を韓国政府が米軍政から譲渡されたものである。
    この協定で、帰属財産に関する完全な所有権をすでに取得しているので、日本とまたいかなる協議をする理由も、少しもなかったのである。
    「もし、日本がこの財産処理に関して何か言うことがあるとしても、それは財産を帰属せしめ所有した米国に対して言うことであり、韓国を相手にすることではない」というのが兪鎮午の見解であった。

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  10. 帰属財産規定のほかに、草案2条の韓国領土についての規定も兪鎮午にとって不満であった。
    2条のA項には、韓国の付属島嶼として、済州島、巨文島、鬱陵島だけが例示されており、韓半島の付属島嶼を全部列挙するのは不可能であるばかりでなく、不必要ではあるが、韓日間の紛争となりうる島嶼、例えば、独島のようなものは韓国の領土であることを平和条約の中に明記されなければならない、と考えた。
    日本の新聞にまで平和条約の草案が発表された以上、利害関係国である韓国にも草案を送付するであろうと、その事実を洪璡基に確認したが、「わからない」と言う。

    時を争う問題だと焦燥した兪鎮午は、数日前、駐米大使から新たに国務総理となった張勉から、「いつでも、どんなことでも、私に会う必要があれば、必ずたずねてきてほしい。どんなに忙しくても必ず会うから」と言われていたことを思い出し、張勉をたずねて、あれこれと平和条約草案について話し、韓国政府の意見書を至急に作成して発送する必要があると強調した。
    張勉総理は、兪鎮午の主張を・・したが、米国政府から送られた平和条約の草案が韓国政府に来ているのかさえも知らなかった。秘書官たちに各方面を調べさせたが、誰も知らないと言った。問題の「草案」 の・・・して、その日は無駄にしたが、2・3日後、張勉総理が兪鎮午を急いで呼ぶので、慶南道庁内の国務総理室をたずねると、ある書類を手にして・・していた。
    「平和条約草案は、もう2週間前に大統領に届いていたのに、ある秘書の引き出しの中に今まで入れたままにしていたのだそうだ」

    「草案」を手にした兪鎮午は、洪璡基とともに綿密に検討した。
    兪鎮午は、意見書作成の準備に着手し、まず初めに尋ねたのは崔南善であった。

    対馬は日本が奪取
    歴史上、韓国領土と主張できるのは、どの島であるかを知るためであった。
    六堂・崔南善は、記憶力がよく、独島の来歴について色々と根拠をあげ、兪鎮午が確信できるだけの説明をした。

    兪鎮午は続いて、対馬島について訊ねた。
    「李承晩博士が、対馬はわが領土だと・・言いますが、根拠が確実なことですか?」
    崔南善は、・・と笑って首を左右に振った。
    対馬島に関して李承晩は、1948年8月20日、「我々は、対馬島を韓国に返還することを日本に要求する」と主張し、「対馬島は、上島と下島の二島からなり、韓日両国の中間に位置するものであるが、数百年前日本が奪取したものだ」と強調した.

    これより前、政府修立前の1948年2月19日、立法議院で、立法議員である許用亀ほか59人の署名を受け、対馬島朝鮮領土復帰建議を対日講和会議に建議しようとしたことがあった。
    提案理由は「対馬島は元来、新羅に属したもので、日本の長崎からは119マイルにもなるのに、釜山からは33マイルにすぎずに非常に近く、二つの主島からなるので「二島(トゥソム) と命名されたこと」などであった。(朴舜在 パク・スンジェ記者)

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  11. Yabutarouさん

    とりあえず、わかるだけ翻訳してみました。

    まだ「引用」しないでください(笑)


    Chaamieyさん

    早いのが取り柄でやってみました。
    フォローお願いします。

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  15. yabutarouさん
    matsuさん

    有難うございます。

    以前引用した、塚本孝氏の「平和条約と竹島(再論)」『レファレンス』国立国会図書館、 1994,3月号の内容とほぼ一致しますね。

    ”(p50)なお、筆者の旧稿(本稿”端書き”参照)では、このパラン島について「漢字を当てれば波浪島だろうが、詳細は不明である」とした。その後、筆者は『朝鮮終戦の記録』の著者として有名な森田芳夫先生から、韓国政府の意見書作成に参画した愈鎮午氏の回想(注50)記にパラン島に関する記述があることを教えていただいた。その要旨を紹介すれば次の通りである。
    [愈鎮午氏は]1951年の3月末か4月初めに米国の対日平和条約草案に接し検討を開始したところ、帰属財産(注.在韓国日本資産のこと)に関する第四条A項や領土に関する第二条に問題があることが判明した。韓国政府としてそれに対する意見書を出さなければならないと重い、直ちに意見書作成の準備に着手した。まず初めに崔南善氏(注.歴史学者)を訪問し、歴史的に見て韓国領土として主張できる島が何々であるかを尋ねた。崔南善市からは、独島の来歴の説明を受け確信をもてた。対馬には領有の根拠がないことを教わったが、代わりに新知識を得た。木浦、長崎、上海を結んだ三角形の中心あたりの海中に「パラン島」があり、波間に見え隠れする。我が国の領土としてこの際確実にしておくのがよいとのことであった。もしパラン島の名を条約中に明記できれば韓国の領域が  島よりはるか西南に広がるので、崔南善氏の言葉に狂喜した。・・・パラン島は自信がなかったが、例え実在しないとしても意見書中に入れておいて害はないと思い、独島とともに平和条約第二条に追加することを要求した。・・・パラン島は、1951年夏に実地調査が行われたが、ついに発見できなかった。
    塚本孝「平和条約と竹島(再論)」『レファレンス』国立国会図書館、 1994,3月号
    (注50) 愈鎮午「韓日会談がひらかれるまで」上『思想界』1966.2”

    兪鎮午の著作、「韓日会談が開かれるまで」『思想界』1966. 2/3月号

    を読む必要があるようです。

    それにしても、崔南善が独島領有の歴史的根拠についてどう説明したのかが相変わらず不明です。おそらく上記の本にも載っていないのだと推測されます。

    また、対馬の領有についての歴史的根拠を否定された韓国政府が、約3ヵ月後の7月9日に、米国国務省ダレス長官へ対馬の領有を平和条約に盛り込むよう要求した、この事実をどう捉えるか。私は、これら一連の韓国政府の動きを領土拡張主義の重要な証拠だと思っています。

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  16. Very interesting!!

    Did you know, that only about two weeks before the Japanese annexed Dokdo, Komura Jutaro who helped force through Nakai Yozaburo’s application received a secret telegram reporting that Russia’s Baltic Fleet would be sailing near Dokdo?

    http://www.dokdo-takeshima.com/wordpress/wp-content/images/komura-vladivostok.jpg

    February 22nd, Happy Russo~Japanese War Day

    http://www.dokdo-takeshima.com/wordpress/wp-content/images/takeshima-day-truth-2.jpg

    Really what has happened since the first Takeshima Day in 2005?

    The Koreans have installed desalinization facilities on Dokdo.
    The Koreans have installed solar power generators.
    The Koreans have loosened tourist restrictions allowing thousands more of Koreans access to the islets.
    The Koreans have been planting trees on the islets to make them "habitable"
    The Koreans have seriously began to consider having more people to live on Dokdo.
    The Koreans have begun to use Dokdo as a baseline to declare their EEZ which means Japan stands to lose even more territory.


    All these activities are signs the Koreans are digging in their heels and pushing toward Japan even harder. This was a result of Japan’s aggressive attitude toward Dokdo.

    Japan should have negotiated to establish the current 12 mile limit around Dokdo, this boundary was more than fair. However, Shimane Prefecture’s selfish greed has cost them dearly.

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  17. とりあえず5月23日の文のテキスト化は終了しました。すぐに5月24日の文にとりかかります。

    この記事の最大のポイントはラスク書簡の竹島についての見解についてどのように扱っているかであると考えます。
    おそらくこれは1966年の兪鎮午の著作「韓日会談が開かれるまで」を読んで、1974年に新聞記者が記事にしたものと考えられます。

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  18. 若干の補足です。

    紛糾しきり

    ・・を立てた。(박다=打ち込む)

    このような狼藉に対して

    韓国警備艇の銃撃を受けたこともあった。

    李承晩執権期間内に絶えることなく継続した。(줄곧=ひっきりなしに)

    兪鎮午の主張を首肯したが

    問題の「草案」 の行方を捜すことができず(향방=向方)

    李承晩博士が、対馬はわが領土だとしきりに言いますが(누차=累次、しばしば)

    崔南善は、にこりと笑って(빙그레=ちょっと笑う様子)




    2010.02.23

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  19. Chaamieyさん

    ありがとうございます。

    仕事前に急いでやったので、心配ではありました。

    このほかの部分は「引用」していただいても大丈夫でしょうか?(笑)

    私自身
    「平和条約草案は、もう2週間前に大統領に届いていたのに、ある秘書の引き出しの中に今まで入れたままにしていたのだそうだ」

    という部分が可笑しくて、
    本当にこんなことがあるんかいな、と思いつついましたが、この翻訳でいいんですよね。

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  20. ご苦労様です。
    みなさまのご健闘、かげながら応援しております。


    竹島問題で韓国側の論拠崩す公文書発見
    2010.2.23
    http://sankei.jp.msn.com/life/education/100223/edc1002230654001-n1.htm


    「この県治要領では、地元の士族が島根県に出した鬱陵島とみられる「松島」の開拓願いについて、内務省が「松島は朝鮮領」として不許可にした経緯を記述。そのなかに「前に指示した通りわが国に関係ない」という趣旨の記述があった。
     太政官指令と重なり合う内容であることから、太政官指令で表記された竹島は、県治要領で示す松島、つまり現在の鬱陵島とみられる可能性が一層強まったという。
     この問題では現在の竹島が日本領であることを示す19世紀のドイツ製の地図も複数見つかっている。」


    ということで、また、証拠が補強されたようですね。
    日本政府に、再度、国際司法裁判所に提訴することを韓国に提案してもらいたいものです。
    平和と友好のために

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  21. GTOMRさん、

    Kaneganeseさんの言う
    兪鎮午の著作、「韓日会談が開かれるまで」(上下)『思想界』1966. 2月号・3月号

    原文、出ませんか?

    Yabutarouさんが言うように、

    1966年の兪鎮午の著作「韓日会談が開かれるまで」を読んで、1974年に新聞記者が記事にしたものと考えられます。

    が正しいと思います。

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  22. Kaneganeseさま ロシア外交官の本

    "100余年前, 独島が韓国領土というのを言及した私はロシア外交官の本も翻訳出版されました.
    去る 1892年出刊されたこの本は独島の同道と書道まで区分して表記するなど独島が韓国領土なのを明らかに明らかにしています. "

    原文は

    100여 년 전, 독도가 한국 영토라는 것을 언급했던 전 러시아 외교관의 책도 번역 출판됐습니다.
    지난 1892년 출간된 이 책은 독도의 동도와 서도까지 구분해 표기하는 등 독도가 한국 영토임을 분명하게 밝히고 있습니다.

    http://www.kjclub.com/jp/exchange/photo/read.php?tname=exc_board_14&uid=3624&fid=3624&thread=1000000&idx=1&page=1&number=2097

    すなわち、

    "100余年前、独島が韓国領土であることに言及した「前」ロシア外交官の本も翻訳出版されました。
    去る1892年に出刊されたこの本は、独島の「東島」と「西島」まで区分して表記するなど、独島が韓国領土であることを明らかに述べています。"

    です。

    画面を見ると
    『ロシア外交官が見た近代韓国』東北アジア歴史財団
    ミハイル・アレキサンドロビッチ著 訳:イ・ジェフン

    という本のようです。

    ロシア側資料は、これまで竹島問題にあまり登場していないので、とても貴重だと思います。

    でも、想像するに、この本(ロシア語原本)は、きっと
    「独島が韓国領土であること」に「言及」はしていない、と思います。

    そして、「東島」と「西島」は、「オリヴツァ」「メネライ」と書いてあるんだろうと思います。
    訳文では、臆面もなく「独島」、「東島」「西島」と歪曲されている可能性はありますが。

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  23. matsuさん、全体は見る余裕がありません。現物写真のサイズが絶妙の読みにくさだということもありまして。二週間の件は、おおむねそういうことが書いてあると思います。ただ、「今まで」ではなくて「昨日まで」のようです。



    2010.02.23

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  24. pontaさん

    お久しぶりです。応援有難うございます。

    産経新聞の報道にあった文書は、島根県のホームページに載っている「竹島外一島之儀本邦関係無之について」再考−明治十四年大屋兼助外一名の「松島開拓願」を中心に− という文書です。島根県、内務省、外務省のやり取りを時系列に気を付けて追って読み進めると、当時の明治政府のいう「外一島」が松島=鬱陵島であることが明確に分かります。内藤正中氏のほぼ唯一の外務省批判の拠所の根拠が崩れました。

    また英訳を再開したいと思いますので、お時間あったら、ご協力下さい。

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  25. yabutarouさん
    chaamieyさん

    有難うございます。

    matsuさん

    ”『ロシア外交官が見た近代韓国』東北アジア歴史財団
    ミハイル・アレキサンドロビッチ著 訳:イ・ジェフン”

    有難うございます。それにしても面白そうですね。ロシア語が原文だと、かなりつらいですけど、何とか手に入れたいものです。

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  26. Michael Alexandrovich(1878-1918)とはこういう人らしいです。

    matsu様
    とりあえず論文の該当の号のデジタルアーカイブは出てきません。・・・・
    思想界 論文集, 17, 1965年 10月號~1966年 4月號 . -17

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  27. Chaamieyさん
    ありがとうございます。

    「今まで」「昨日まで」ですが、
    新聞紙の隣りに示された「起こし」によりますと、어제ではなく여태になっているので、
    「今まで」でいいのではないかと思います。

    この「起こし」(コピペ不能のぶん)は韓国側の起こしで、わりと正確なのではないかと思います。

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  28. 5月23日
    東亜日報 1974年5月23日
    秘話 第一共和国 277
    第十一話 李承晩と日本 5
    平和条約草案にパラン島追加要求
    海上踏査の結果、実存せず、外交的失敗

    島の名前さえも、明らかでなく

    崔南善(チェ・ナムソン)は、諮問した兪鎮午(ユ・ジノ)に次のように言った。
    「木浦・長崎・上海を連結する三角形の中心の海中に「パラン島」があるが、島の表面が浅く、波の中に沈んだり現われたりするという。「パラン」とは、水が青いことから言うのか、波の中に消えたり現われたりするので「波浪」というのか確実ではないが、いずれにしろ、その島を我々の領土としておくのが良いだろう。」

    海図に「スコトラロック」(SCOTRA ROCK)という暗礁として表示された「パラン島」は、北緯33度10分東経120度に位置し、済州西南方180キロメートルであり、木浦から290キロメートル、長崎から450キロメートル、上海から320キロメートルの海上にあって、この「島」が対日平和条約に明記されさえすれば、韓国の領域は済州の西南方に大いに広がることになるのであった。

    対日平和条約草案の修正作業は、張勉(チャン・ミョン)国務総理と金俊淵(キム・ジュンヨン)法務長官が李承晩大統領に会って「帰属財産処理と領土問題は修正しなければならない」と懸命に説明したが、どうにもならなかった。
    李承晩大統領は、駐日連合軍司令官「ダグラス・マッカーサー」が自分にこの問題について善処すると約束したことをあげ「平和条約修正要求は必要ない」と反対した。

    政府側は、「ムチオ」駐韓アメリカ大使に会って平和条約草案の不当性を説明し、李承晩大統領を説得してくれるように要請した。
    「ムチオ」は、平和条約担当の米国大統領特使「ジョン・フォスター・ダレス」が「誤った考えを持っているようだ」として、協力することを約束した。

    外務部の中に外交委構成

    「ムチオ」の李承晩への説得が功を奏したのか、1951年4月16日、外務部の中に対日平和条約を扱う外交委員会を設け、草案修正のための意見書作成を開始した。
    委員は、金俊淵(キム・ジュンヨン)、崔斗善(チェ・ドゥソン)、裴廷鉉(ペ・ジョンヒョン)、兪鎮午(ユ・ジノ)などであり、監事は、洪璡基(ホン・ジンギ)、李建鎬(イ・ゴノ)などであった。

    意見書作成の過程で、韓国を平和条約の署名国の一つとして要求するのかについて論戦が起こった。
    署名国になれば、日本に対し戦勝国の地位となり、戦争賠償はもちろん、その他の全ての問題で有利な地位に立つことになるが、これは純粋に外交的というよりは政治的な性格のものであり、平和条約草案についての部分的意見を述べる意見書に含ませるのはふさわしくないと判断して含ませないことにし、その要求の成否は大統領に一任した。
    意見書には、帰属財産と領土問題、漁業ライン問題などをのせた。特に領土問題の中で、「パラン島」の実存の当否は確実ではなかったが、たとえ実存しなくてものせておいて害になることもないだろうと結論し、独島とともに条約2条(済州島、巨文島、鬱陵島)に追加することを要求することにした。
    意見書は卞栄泰(ピョン・ヨンテ)外務長官が精密に検討し、直接英訳した。

    1951年6月の初め。
    卞長官は外交委員達に、韓国政府のメモランダムをすでに米国政府に送ったと報告し、英文からなるメモランダム文書を配った。

    これを見た兪鎮午は、吃驚した。
    外交委員会が作成した意見書に非常に長い前文がつき、内容も1、2項が追加されており、前文は奇怪で本文で展開した法理論と相衝する(あいいいれない)内容のものがあった。

    「誰がこんなことをしたのだ」と問う兪鎮午に、卞栄泰は、大統領の米国人顧問「クルレン」が加筆したと答えた。

    加筆で問題が起こったので、卞栄泰は、配布したメモランダム書面を回収していったが、すでに米国政府に発送したあとであり、これ以上議論しても仕方がなかった。

    意見書加筆で逆効果

    メモランダムを送った結果、帰属財産と関連して平和条約の2条B項が新たに追加されたことは外交の大きな収穫であったが、「クルレン」が加筆をしなかったならば、米国がこのほかの要求事項を聞いてくれた可能性もあったと兪鎮午は残念であった。

    兪鎮午は、帰属財産に関する修正について、その後、韓日会談代表として参加して、手ひどい経験をしたと述べている。

    兪鎮午は、平和条約草案修正に帰属財産だけが反映され、その他のものはすべて拒否されたことは遺憾であり、「特に、独島を平和条約に明記しなかったことは、長く続く紛争の種を残した処置であった」と述べ、「駐日連合軍司令部がマッカーサー・ラインを引く時にも、独島を「マッカーサー」ラインの外側にし、日本漁船が独島にまで出漁できないようにしたのに、それを平和条約に明記しないことは理解しがたいことであった」と付け加えた。

    「パラン島」は、1951年8月、韓国山岳会(会長洪鐘仁)が、海軍の協力を得て、海図に表示された海上(済州西南方180キロメートル)を探査したが、発見できなかった。兪鎮午は、平和条約草案修正対米メモランダムに「パラン島」が入ったことで、外交公文書に、実存しもしない島を領土だと主張して、取り返しのつかない失敗をしてしまった」と回顧している。(朴舜在パク・スンジェ記者)

    *この大統領の米国人顧問「クルレン」について(とりあえず「クルレン」と音訳しましたが)、くわしいことをご存知の方教えて下さい。

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  29. 5月24日
    東亜日報 1974年5月24日
    秘話 第一共和国 278
    第十一話 李承晩と日本 6
    日本政府、独島が表示された韓国の切手発行に抗議
    日本の海上巡視船 被撃事件も議論に

    新種類500万枚ずつ発行

    独島領有権をめぐる韓日間の紛糾は、独島が表示された切手にまで広がった。
    逓信部が1954年9月20日に、独島の風景をのせた2ファン、5ファン、10ファンの新切手を各500万枚ずつ発行すると、日本の外務省は抗議をしてきた。
    「日本外務省は、駐日韓国代表部の対し韓国政府が発行した、日本の領土である「竹島」が表示された切手について、次のように抗議する。
    韓国から最近日本に郵送されてきた郵便物に、日本領土である「竹島」が表示された3種類の切手が貼られている。切手には韓国語で「大韓民国郵政」という語とともに「独島」と印刷されている。
    日本政府は、何度も、韓国政府に対し、明確な日本領土である「竹島」を韓国が不法占領していることを抗議してきた。
    韓国政府が日本政府の抗議を引き続き無視し、ここにきて「竹島」が表示されている切手を発行することは、韓国政府が日本の領有についての傲慢な主張を宣伝するためのものだ。日本政府は韓国政府の非友好的行為に厳重に抗議するものであり、その是正を要求するものである。
    日本政府は日本の島である「竹島」が表示されている韓国の切手について、とることの出来るすべての措置を留保している所である。」

    韓国政府に通告するこのような日本政府の抗議を駐日代表部は次のように一蹴した。

    「日本外務省は、口上書で、韓国政府の独島占領についての日本政府の抗議を韓国政府が継続して無視したというが、日本政府は韓国政府が独島が韓国領土であることを、何度もはっきりと明らかにしていることを想起すべきである。
    韓国政府は、特に1954年9月25日付けの、駐日代表部覚書で、国際法上も歴史的記録からも独島が韓国領土であるという充分な証拠を提示したと深く信ずるところである。
    韓国が独島に領土管轄権を適法に行使することは、疑心の余地なき確固としたものである。
    よって、日本外務省が韓国の独島「不法占拠」を云々する主張は、まったく根拠がないことを認証するものだ。
    「独島切手」発行について、日本外務省は、韓国政府が独島領有についての傲慢な主張の宣伝をする企図だというが、前にも指摘したとおり、独島は韓国領土であることが明らかであり、「独島切手」発行は韓国政府の管轄権に属するものである。

    日本政府政府の態度は内政干渉

    韓国の切手発行についての日本政府の態度は、不当な韓国への内政干渉と変わらない。
    上に言及したごとく、駐日代表部は、日本政府が明白な韓国領土である独島を表示した切手発行について抗議する立場にないことを確信するものである。」

    日本外務省は、「独島切手」以外にも独島近海における日本海上保安庁の巡視船「被撃」事件についても抗議してきた。
    1954年11月30日付の抗議口上書
    「日本外務省は、駐日韓国代表部に対し、日本領土である「竹島」を不法占有中の韓国官憲により日本海上保安庁巡視船が不法な砲撃を受けたことについて、次のように抗議するものである。
    海上保安庁の巡視船「おき」と「へくら」は、1954年11月21日の朝、巡視のため「竹島」近海に到着した。
    「へくら」が「竹島」の西北方3マイルの海上に接近した時、その島を不法占領中の韓国官憲が午前6時58分から7時の間に5発の砲撃を加えた。
    「竹島」領有権紛争の平和的で最終的な解決のため、日本政府は、韓国領土に対し、国際司法裁判所に提訴することを提議したことがある。
    韓国は日本の提議を拒否したばかりでなく、「竹島」に警備兵力を駐屯させた。
    韓国はこれまでその島の不法占領を継続しており、駐屯官憲が日本船舶に発砲までした。
    日本政府は、韓国政府のこのような行動の継続は国際平和と安全をおびやかすものであるとの深刻な憂慮をせざるを得ない。
    日本政府は、韓国政府官憲のこのような不法に対し、強く抗議を提起するとともに、「竹島」から韓国官憲の即刻的な撤収を要求するものであり、銃砲を含む全ての装備の撤去も求めるものである。
    日本政府は、また韓国政府の公式的な謝罪を要求し、今後このような不法行為が再発しないように、砲撃事件を起こした責任者を即刻的に処罰することを含む法的措置をとることを要求するものである。
    日本政府は、もし韓国政府が日本政府のこのような要求を引き続き拒否するならば、この問題によって惹起されるすべての紛糾の責任は、全て韓国にあることを宣言するものである。」(朴舜在 パク・スンジェ記者)

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  30. GTOMRさん

    ありがとうございます。

    ミハイル・アレクサンドルビッチ

    いきなりロマノフ王朝の皇族がでてきたのでびっくりしました。
    でも1878年生まれとありますから、1892年に本を出版したとするとまだ14歳ですから、別人ではないかと思います。

    アレキサンドルの息子のミハイル、という人はたくさんいそうです。

    『思想界』日本のどこかの図書館にはありそうですね。

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  31. matsu さん

    素早いお仕事、驚嘆いたしました。大変ありがとうございました。

    chaamiey さん

    現物写真のサイズが絶妙の読みにくさだということもありまして。

    これは大変失礼いたしました。この記事はネイバーコリアのニュース検索で”独島”で検索してさらに一番上中央の”옛날신문 검색(昔新聞検索 )”をクリックして、さらに一番上のグラフの1974年の所をクリックして一番下の1234の”2”をクリックすると出てきます。
    ほかにもお宝が眠っているかもしれませんので、お気のすむまで拡大してご堪能ください。。

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  32. この記事で一番気になる所はやはり、

    ”兪鎮午は、平和条約草案修正に帰属財産だけが反映され、その他のものはすべて拒否されたことは遺憾であり、「特に、独島を平和条約に明記しなかったことは、長く続く紛争の種を残した処置であった」と述べ、”

    の部分です。「明記しなかったことは、長く続く紛争の種を残した」とありますが、草案修正に対する最終回答であるラスク書簡には、

    ”ドク島、又は竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島は、かつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思われません。”

    とあり、条約法に関するウィーン条約の第三十二条 ”解釈の補足的な手段 ”に、

    前条の規定の適用により得られた意味を確認するため又は次の場合における意味を決定するため、解釈の補足的な手段、特に条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠することができる。
    (a) 前条の規定による解釈によつては意味があいまい又は不明確である場合

    とあるのと合わせて考えると、「明記しなかったけども、平和条約で竹島は日本領と決められた」と解釈すべきと考えます。

    さらにヴァン・フリート特命報告書に、

    ”日本との平和条約が起草された時、韓国は獨島の権利を主張したが、合衆国は日本の主権の下に残すことを決定し、平和条約の日本が所有権を放棄する島々には含めなかった。韓国は合衆国の獨島に関する意向を内々に知っていたが、合衆国はその意向を公表しなかった。”

    とあるのを考えると、

    ”日本との平和条約が起草された時、韓国は竹島の権利を主張したが、合衆国は日本の主権の下に残すことを決定したにもかかわず、韓国がごねて勝手に竹島を占拠してしまったために、長く続く紛争の種を残した。”

    というのが歴史の真相であるとしか考えられません。

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  33. 兪鎮午「韓日会談が開かれるまで」『思想界』1966. 2/3月号、多少時間が掛かりますが、手に入れたいと思います。その際はまた、こちらで検討したいと思います。(1966年ということは、著作権の問題があって全文公開は無理かもしれませんね。その時は一部は裏サイトに掲載します。)

    yabutarouさんご紹介の新聞記事も、著作権に問題があれば一部の公開にして、全文は裏サイト(?)に載せます。

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  34. yabutarouさんへ

    ラスク書簡および条約法に関するウィーン条約の第三十二条を引きながら「『明記しなかったけども、平和条約で竹島は日本領と決められた』と解釈すべきと」されていますが、それは日本の国際法学者の間では主流だと思います。(韓国では違うようですけど) 第三国の国際法学者がどのような見解を持っているかは知悉しているわけではありませんが、おそらく日本における主流的な見方と同じなのではないかと思います。

    日本の国際法学者の間で主流をなしている解釈が世界的にみても主流であろうと推測したのは、第一次世界大戦後、領域主権獲得の権原として征服が認められなくなったためです。つまり、戦勝国が一方的に占領地を自国に編入できなくなりました。領域変更に際しては、たとえ敗戦国であろうと当事国の同意が欠かせなくなっているのです。そして領域主権の変更については講和条約によることになっています。韓国側が領有根拠として必ず持ち出してくるSCAPIN677は支配権の停止を命じているに過ぎず、日本に残存主権(処分権)があることは以前このサイトでも紹介された通りです。(http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2009/02/1946-feb-13-matters-for-old-japanese.html
    竹島は1905年に日本に編入されていてどこからも異議なく平穏に実効的な支配が行われてきたわけで、放棄する理由はありません。したがって講和条約第二条(a)に竹島の名が明記されていないのは竹島が日本領であることの証と言えます。

    21010.2.24

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  35. おっと、写真サイズの設定はyabutarouさんだったのですか? これは失礼なことを書いてしまいました。申し訳ない。


    matsuさん、「昨日まで」は了解しました。




    2010.02.24

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  36. 『思想界』1966年2月号は国立国会図書館関西館が所蔵しているようです。ページ数がわかっているならコピーの郵送サービスを使うのが手間がかからず良いかと思います。

    2010.2.25

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  37. Makotoさん

    有難うございます。

    朝鮮語雑誌は他にもいくつか取り寄せたいものがありますので、近いうちに時間を作って行く予定です。皆さん、他に読みたいものはありますか? ページ数が分かれば、遠隔操作でコピーできるとのことです。

    ReplyDelete
  38. 私が韓国の古文献や古地図についての文章をネットに挙げると、「最終的に"サンフランシスコ平和条約で竹島の日本保持が確定している"ので竹島は日本領にきまっている、だからそんなことするのは意味がない。」などと上から目線で説教垂れてくる人がいますが、私はこれは間違った考えだと思います。

    サンフランシスコ平和条約の第二十二条にはこのようにあります。 

    "この条約のいずれかの当事国が特別請求権裁判所への付託又は他の合意された方法で解決されない条約の解釈又は実施に関する紛争が生じたと認めるときは、紛争は、いずれかの紛争当事国の要請により、国際司法裁判所に決定のため付託しなければならない。"

    これを見ると平和条約の調印時に竹島は日本領と認められていたのは事実だが、韓国には竹島の領有権についての条約の解釈に不服のある時はたとえ条約の発効以後であっても国際司法裁判所に提訴して、国際司法裁判所に条約の解釈を判定してもらう権限が留保されていると解釈できます。(もちろん勝手に竹島を占拠してはいけません。)

    私は国際司法裁判所が竹島の領有権についての条約の解釈を審査する際には、平和条約の調印時に竹島が日本と韓国のどちらの領土として扱われたかだけでなく、その決定に際して事実認識の誤りがなかったかどうかについても考慮の対象になる可能性も否定できないと考えます。

    つまりラスク書簡の、竹島は「朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあ」るという認識が誤りであった場合、国際司法裁判所が竹島を韓国領と判定する可能性もあるということです。(もちろん私はラスク書簡の認識が誤りであるとは考えていません。)

    となるとサンフランシスコ平和条約の認識だけで日本が竹島の領有権を主張するのは自ずと限界があることになるわけで、究極的には1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であると言える状態にあったかどうかで判断すべきであると私は考えます。

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  39. Kaneganese さん

    『思想界』、大変楽しみです。東亜日報の記事ではラスク書簡の場面はかなりはしょって書かれているように思います。
    原文を確認する必要がありそうです。

    今日は久々に休暇がとれたので今まで読んでなかった過去のコメントを読んでいたら、"1953 - 昭和28年の竹島に関する国会審議"の Kaneganese さんのコメントに、

    会談の韓国側の代表に任命された愈鎮午は、韓国の領有権に関する資料を用意すべく崔南善を訪ねて「李大統領によると対馬がわが領土どであるといわれるが、根拠があるのでしょうか」と聞くと、崔南善は「にっこりと笑いながら」次のように答えたという*
     韓国の木浦と日本の長崎と中国の上海をつなげる三角形の真ん中くらいにパラン島という島がある・・・・・・・水深が浅くて島の表面が海の上にでたり沈んだりするので波浪島とよばれるのかもしれない・・・・・・このたびは、それもわが領土としてはっきりさせておくのがよかろう*
    (朴實「韓国外交秘史」麒麟苑 1979 P289)

    とあるのに気が付きました。東亜日報の記事の該当部分matsuさんの訳ではこのようにあります。

    兪鎮午は続いて、対馬島について訊ねた。
    「李承晩博士が、対馬はわが領土だと・・言いますが、根拠が確実なことですか?」
    崔南善は、にこりと笑って首を左右に振った。
    崔南善(チェ・ナムソン)は、諮問した兪鎮午(ユ・ジノ)に次のように言った。
    「木浦・長崎・上海を連結する三角形の中心の海中に「パラン島」があるが、島の表面が浅く、波の中に沈んだり現われたりするという。「パラン」とは、水が青いことから言うのか、波の中に消えたり現われたりするので「波浪」というのか確実ではないが、いずれにしろ、その島を我々の領土としておくのが良いだろう。」


    よく似ていますが微妙に違うようです。この「韓国外交秘史」も確認する必要がありそうです。

    あと 金東祚の『韓日の和解―日韓交渉14年の記録』に

    ”アメリカは韓国側が要求した独島を条約に明記することは受け入れなかったが、同時に日本領土の範囲から明白に除外し、独島が韓国領土であることを黙示的に承認した。”

    とありますがこれは1978年ごろ?に某新聞に連載したものに大幅に加筆・修正したものであるようです。もとの新聞記事にはどのように書かれていたかにも興味があります。

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  40. yabutarouさん

    兪鎮午「韓日会談が開かれるまで」(上下)『思想界』1966 2月号・3月号

    ですが、matsuさんが早速翻訳に取り掛かって下さっています。出来次第投稿したいと思います。

    朴實「韓国外交秘史」麒麟苑 1979 P289の件は、私が間違って塚本論文引用の後に続けてコピペしてしまった文章です。元はGTOMRさんのサイトにあったものをたまたまコピペして備忘録に残してあった物です。この本、検索したのですが、日本語なのかどうかさえよく分かりません。どなたかご存知ですか?

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  41. Yabutarouさん

    いま翻訳していますが、
    東亜日報の記事が、これをもとにしているのは間違いないです。

    でも、
    このほかの資料も、見ているようです。

    これにない部分が、かなり東亜日報には付け加わっています。

    兪鎮午の論文は、2月号の「上」が7p、3月号の「下」が6pで、
    しかも2段組ですから、思ったほど量はありません。
    (同じ『思想界』の申奭鎬の論文は、3段組でした)

    もうすこし、時間をください。
    (上)は明日金曜日の夜には翻訳があがると思います。

    また、(下)(3月号)には、独島は出てきません。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    それから、

    韓國外交秘史 朴實 著
    http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=BA60951944

    韓國外交秘史 / 朴實 著. -- (BA60951944)
    서울 : 麒麟苑, 1979.12
    402p, 図版8p ; 22cm
    注記: 索引: p393-402
    別タイトル: 韓國外交秘史
    著者標目: 朴, 實(1939-)
    分類: NDC9 : 319.21

    所蔵図書館 7
    アジ研 遡韓 Koll327||Ba4 15078629
    学習院 東研 316.2/106 0100360041
    九大 文 朝鮮史/313K/5 005132003038987
    拓大 KO319|| ||7 00463835
    筑大 319.21-B63 10080020462
    東大総 書庫参考 319.21:B63 0001303064
    東大養 図書 319.21:B63[WS] 3000685275

    「幕張に走れ!」ですが、「拓大」にもあるようですね。

    ・・・・・・・・・・・・・・・
    さらに、

    金東祚『回想30年 韓日会談』1986
    日本語訳 『韓日の和解―日韓交渉14年の記録』林建彦訳 サイマル出版会1993

    訳本のまえがき(10p)によれば、連載は「中央日報」紙上とあります。
    1983年11月1日から翌84年7月17日まで、211回連載。
    これを添削・整理して単行本として出版、とあります。それが1986年。

    この連載自体、同じ中央日報に連載された、兪鎮午の「韓日会談 言い残して置きたい話 80話」が契機になった、と書いてあります。
    兪鎮午の回想記録としては、『思想界』の小さな記事よりは、この「中央日報」の回顧録のほうが内容豊富と思います。
    単行本になっていたような気もしますが、webcatには出てきません。
    http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/krkproc

    また、兪鎮午の文章の中にも出てくる「洪璡基」という人は、新聞「中央日報」の会長だったようです。

    東亜日報はすでにネット上で読めるようになっているようですが、「中央日報」はまだでしょうか。


    2010.02.26

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  42. 兪鎮午「韓日会談が開かれるまで」(上)『思想界』1966年2月号
    ―前韓国主席代表が明らかにする14年前の曲折―

    14年もの間、韓日会談が続いたために、これに関係した人士は数百を越えるものと思う。私もその中の一人として、1951年10月、韓日会談が開かれるまで一部の責任を果たした。第5次会談の時には主席代表の役割を務め、会談についてはさすがに語るべきことがないわけでもない。しかし、これに関する充分な資料が今手元にない上に、その当時は日記もつけていなかったので、すべて記憶に頼るのみであることが遺憾である。すでに少なくとも15年以前のことについての回想であり、錯誤もあると思うが、それは明らかになった後の訂正を待つほかはない。

    一 対日賠償要求調書

    わが政府が、対日関係において行動を取る必要を感じ、その準備に着手したのは、政府が樹立された直後の1948年秋のことである。政府部内で誰がそんなことを先唱したのかは今記憶がないが、当時、企画処長であった李順鐸(イ・スンテク)氏と、法制部長であった私が、数次、これについて意見を交換したものと記憶している。わが民族は、36年という長い間、日本の一方的な独占により莫大な被害を受けたが、独立政府が樹立された以上、我々は当然日本に対して賠償を請求しなければならないということであった。
    当時、我々が考えた「賠償」は、もちろん国際法上の「戦時賠償」であった。しかし、当時は日本と平和条約を締結した国はまだなく、今後賠償問題がどのように取り扱われるのか不明だったため、我々はただ、そのような問題が具体化される時に備え、わが政府としての準備をしておこうという漠然としたものに過ぎなかった。その上、わが政府部内には独立の闘士や学者出身はいても、国際外交の実際の経験をもつ人間はおらず、そのような問題を、どのような時期に、どのように取り扱うべきかも漠然としたものだった。
    しかし、いずれにしても、対日賠償要求調書は急いで作成しなければならないとして、企画処長の総括下に、政府各部をして夫々の所管事項についての対日賠償要求を提出させるようにしたが、その結果として出来上がったのが、対日賠償要求調書の二巻である。
    その第一巻は、1949年3月15日に完成したが、その内容は、1949年3月1日現在で判明した現物被害(地金、地銀、書籍、美術品および骨董品、船舶、地図原版、その他)について、我々が返還を要求する現物の目録であった。
    第二巻は、その年の9月にようやく完成したが、その内容は、第二部、確定債権(戦争とは直接関連がない単純な債権債務関係)。第三部、中日戦争および太平洋戦争に起因する人的、物的被害。第四部、日本政府の低価収奪による損害(所謂、強制供出による損失)からなっていた。
    上の二巻の中の第一巻、すなわち、現物返還要求については、作成後、まもなくマッカーサー司令部に送られたことは知っているが、私は、その年の6月に法制部長を辞任したため、第二巻の内容がどのように取り扱われたのかは知らない。
    対日賠償要求調書を作成した当時には、先に述べたように具体的にそれをどうしようという計画はなかったが、今になって考えてみれば、それが韓日会談を開くためのわが政府の重要な基礎作業だったと思う。なぜなら1950年6月には共産南侵のため政府が釜山に遷都したため、この調書が無かったならば1951年に韓日会談を開くのは難しかったと考えるからである。
    避難生活の混乱の中で、対日賠償要求調書のような、旧文書を調べなければならず時間のかかる文書を作成することは、不可能に近かっただろうからである。

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  43. 二 サンフランシスコ平和条約草案

    政府を辞職したあと、私は、教育法基礎など教育部分を除けば、政府の仕事には特に関与せずにいたが、1・4後退後、数か月たったある日(3月末ごろと記憶するが4月はじめだったかもしれない)、当時法務部の法務局長であった洪璡基(ホン・ジンギ)氏が、日本の新聞1紙を持ってやってきた。対日講和条約の草案の訳文が掲載されていたが、それを見れば、我が国の利害に関係する部分が少なくないばかりか、帰属財産処理についての規定は、まかり間違えば我が国に非常に不利であるようだとのことであった。
    洪璡基氏とともに検討してみると、果たして彼の言うとおりであった。帰属財産についての草案の規定は、不利などころではなく、我が国にとって明らかに危険なものであった。草案によれば、帰属財産は、草案第四条A項により処理されることになっているが、同項によれば、韓国内にある日本および日本国民の財産(すなわち帰属財産)の処理と、日本内にある韓国および韓国国民の財産の処理は、韓日両国間の「特別協定」により決定されることになっていた。
    韓国の全財産の80パーセント、90パーセントともなれば、帰属財産の処理を日本と協議して決定するとは、まさに韓国の独立を日本と協議して決定するということと同じことではないか!
    周知の通り、帰属財産は、米軍政法令第33号により、米軍政庁に帰属し(vested)所有された(owned)ものであり、その後「韓米間の財政及び財産についての最初協定」(1949.1.18.条約第一号)により、その財産に関する一切の「権利、名義、および利益」は、わが政府が米軍政から譲渡されたものであった。ちょうど私は、政府樹立直後に始まった前記の協定締結のための協議に最初から最後まで参席しており、(我が方の主席代表 李範奭総理、代表 金度演財務、張澤相外務、李順澤企画、兪鎮午法制、米側主席代表 ヘルミック准将)、帰属財産についての法理に比較的明るかった。我が国は、前記協定により、帰属財産についての完全な所有権をすでに取得していたのであり、日本側と改めていかなる協議もするべき理由は少しも無かったのである。たとえ、日本側が同財産の処理について何か言いたいことがあるとしても、それは、その財産を帰属させ、所有した米国に対してなされるべきことであり、我々を相手とすることではないという見解であった。
     帰属財産についての規定の他に、草案第二条の、我が国の領土についての規定も私には不満であった。第二条A項には、我が国の付属島嶼として、済州島、巨文島、鬱陵島だけが例示されていたが、韓半島の付属島嶼を全部列挙することは不可能であり、また不必要なことであるが、韓日間の紛争がありうる島嶼、例えば独島のようなものは、我が国の領土であることを平和条約の中に明記しておかなければならないと思われた。
     日本で新聞にまで条約草案が発表された以上、重要な利害関係国である我が国にも、その草案が送付されて来ているものと思われ、私は洪璡基氏にそのような事実の有無について訊ねたが、わからないという答えであった。時を争う問題であり、どうしたら良いか考えていたが、ちょうどその数日前に、駐米大使から帰国した新任の張勉総理に会った時に、「いつでも、どんなことでも、私に会うべきことがあれば訪ねて来い。どんなに忙しくても、必ず会う」と言っていたのを思い出した。新たに外務部長に任命された卞栄泰氏は、国連代表として、まだ帰国していない時であった。
     その二日後の朝、私は慶尚南道道庁の中にあった国務総理室に張勉博士を訪ねて行った。喜んで会ってくれた張総理に、私はいきなり平和条約草案についての話をし、わが政府としても、急いで意見書を作成して送る必要があると言うと、彼も私の言葉に全く同意してくれた。それならば、米国政府から送ってきた草案の写本があるはずであるが、そのようなものが我が政府に来ているのかどうか、張総理も知らないでいた。秘書官に命じてあちこち調べさせたが、そんなものは誰も知らないということであった。
     米国政府から平和条約草案を、重要な利害関係国である我が政府に送って来ていないことに対して私は非常に失望し、また不快に思ったが、たとえ、いかなる理由で写本を送って来ないにせよ、我が政府としては必ずそれに対する意見書を提出しなければならないと考え、私はすぐに意見書作成の準備に着手した。
    その第一番にたずねて行った所は、崔南善氏の家であった。(その時、東莱方面にたずねて行ったようであるが、確実ではない)。歴史上から見て、我が領土として主張することが出来る島が、どれとどれであるかを知るためである。六堂(訳注:崔南善の号)は、果たして記憶力が良い方であり、独島の来歴を、即座に、私が確信を持てる程に説明してくれた。次に、私は対馬島について、「李博士は、対馬島も我が国の領土だと何度も言っていますが、根拠が確実ですか?」と訊ねると、六堂は声を立てずに笑って首を左右に振った。ところがそのかわり、六堂は、私に新たな知識をひとつ与えてくれた。我が国の木浦と日本の長崎、中国の上海を連結する三角形の中心となる海中に、「パラン島」という島があるが、表面が非常に浅くて、波の中に埋もれたり、現われたりするということだった。「パラン」というのは、草(プル 水ムルの誤植か?)が青く・・・してする語なのか、波の中に入ったり、現われたりするので「波浪」というのか、確実ではないが、いずれにしても、それは我が国の領土としてこの際に確実にしておくのが良いだろうということであった。六堂の言葉に私が狂喜したことはもちろんである。もし、この島の名前が対日平和条約の中に明記されることになれば、我が国は済州島の西南方に大きく領域を広げることになるのだから。
    二三日後、張勉総理から緊急の連絡があって行って見ると、何かの書類を手にして、「もう二週間前に大統領の所に来ていたのに、ある秘書の引き出しの中に今までほうり込んで置いたままにしていたんだそうだ。チッ チッ。(舌打ち音)」と不機嫌に言った。書類は、もちろん、数日前から捜していた、米国政府から送られてきた対日平和条約草案であった。私は、国事をこのように処理することがありうるのか、とあきれて物も言えなかったが、いずれにしても良かったと思い、そのまま草案について洪璡基氏とともに内容を研究・検討しはじめた。

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  44. 当時、このことについて政府部内で我々に最も理解を示し、協力してくれたのは、金俊淵(キム・ジュニョン)法務部長官であった。彼は、張総理とともに、我々の意見に全面的に同調し、国務会議(閣議)の席上でも、欠席中の外務部長官に代わって我々の意見をおおいに代弁してくれた。
    しかし、すぐに我々は難関に突き当たった。張総理、金法務などが、帰属財産についての法理をいくら説明しても、李大統領は、「マッカーサー将軍が私に約束した言葉がある」として、平和条約草案の修正を要請するのに賛成しないということであった。
    仕方なく、我々はムチオ大使を動かす努力を始めた。その時、誰がムチオ大使にあったのか確実な記憶が無いが、崔斗善(チェ・ドゥソン)氏などがしたことだと思う。ムチオ大使は、すぐに我々の言うことを理解してくれたそうである。
    ムチオ大使が、その後、李大統領に会い、説得を試みたかどうか、私は知らない。しかしいずれにしても、李大統領もわれわれの意見に賛成するようになり、我々は外務部の中に「外交委員会」というものを構成し、我が政府の意見書を作成しはじめた。その時、委員として参席した人は、金俊淵(キム・ジュニョン)法務、崔斗善(チェ・ドゥソン)、裴廷鉉(ペ・ジョンヒョン)、洪璡基(ホン・ジンギ)、李建鎬(イ・ゴノ)、朴在隣(パク・チェリン)、そして私、などであった。
    意見書作成にあたって、まず第一に問題になったのは、大韓民国が対日平和条約の署名国の一つとなることを要求するのか、ということであった。もし我が国が平和条約署名国の一つになりさえすれば、我々は日本に対し戦勝国の地位を持つことになり、したがって戦争賠償を受けられるのはもちろん、その他のあらゆる問題について絶対的に有利な位置に立つことになるからだった。しかし、この問題はあまりに政治的であり、また重慶臨時政府時代以来、散発的に何度も論議されてきたことであったため、すでに作成された草案に対する部分的意見書に含ませるにはあまりに重大であったので、大統領の活動に一任することにし、ここには入れないことにした。
    意見書は、4、5個の条項から構成されていたが、帰属財産問題と領土問題の他のものが何であったのかは、今は覚えていない。領土問題中、「パラン島」は、実存するかどうかが確実でなく、自信がなかったが、たとえ実存しないにしても、入れておいて害になることも無いだろうとして、独島とともに平和条約第二条に追加するように要求した。
    そうしているうちに、卞栄泰(ピョン・ヨンテ)新任外務部長官も帰国して執務するようになり、外交委員会の委員たちとともに意見書作成に協力した。特に、作成した意見書の英訳は、卞長官が直接に専担し、一字一字、精密に検討した。
    意見書の英訳まで終えた私は、再び私の仕事(戦時聨合大学のこと、海軍法務監室で米国海軍関係の法典を翻訳すること等)に専心していたが、ある日(いつであったか確実ではないが、6月初め頃ではなかったかと思う)、久しぶりに外交委員会を開くというので出向いたところ、卞外務長官から我が政府の意見書はすでに米国政府に送ったという報告があった。私はとても満足した。しかし、席上で配布された意見書の写本(英文)を見て、私は憤慨した。委員会で作成した意見書に、非常に長い前文をつけ、内容も、1、2項目追加されていたが、その前文なるものは奇怪で、本文で展開した法理論と相衝する(あいいれない)内容であったからだ。誰がこんなことをしたのか、と言うと、大統領顧問である米国人が加筆したものだという答えであった。私は、非常に不快であったが、もうどうすることもできなかった。
    それはそれとして、我が政府で意見書を送った結果として、対日平和条約の第四条にB項が追加されたことは、我々の外交の大きな収穫であった。その後、韓日会談を通して我々が骨身に染みて経験したところであるが、新設されたB項に、日本は米軍政庁が帰属財産について行った処分(帰属、所有、およびわが政府への譲渡)の効力を承認すると明示されているにもかかわらず、そのまま、その財産に対して今だに「請求権」なるものを持っていると、止むことなく主張し、何度も会談を決裂させたのであるが、もし、その条項が新説されていなかったならば、どんな主張を持ち出してきたのか分からないのである。
    帰属財産についてのことだけが採択され、それ以外の我が政府の意見は、すべて拒否されたことは遺憾なことであった。特に、独島を平和条約の中に明記しなかったことは、長く続く紛争の種を残した処置であった。日本占領軍最高司令部が、当初いわゆる「マッカーサー線」を引く時にも、彼らは独島を「マッカーサー線」の外に置いたのであり(すなわち、日本の漁船が独島まで来る事ができないようにしたのであるが)、ここへ来てそれを平和条約の中に明記しなかったことは、理解することができない処置であった。しかし、そうだとしても、それをもって米国が独島を日本領土と考えているとは、もちろん解釈されない。鬱陵島に付属した小岩礁にすぎないので特記する価値がないものと見た結果にすぎないのである。
    パラン島は、その年の夏、韓国山岳会の洪鐘仁(ホン・ジョンイン)氏が主導し、わが海軍の協力のもと、日本海軍水路部で発行した海図を持って実地探査したのであるが、ついに発見できずに終わった。忽忙中、不得意なことであったが、国家の権威を象徴する公式の外交公文書に、実存しない島の名前を書き、我が領土だと主張したことは、取り返しのつかない失敗であった。
    そうこうするうちに、政府部内では、韓日会談開催の機運が熟してきた。我が国は、対日平和条約の関係国として、同条約により、請求権、海底電線、漁業、通商航海などの自らの問題を日本と協議・解決するようになっているばかりでなく、日本における僑胞処遇問題、解放後の密入国者の強制送還問題、船舶問題などで、当時すでに駐日代表部とSCAP間で交渉が進行中であり、それがわが国会でも問題になっていたからである。

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  45. この訳文で重要なのは、以下の所、すなわち最後から2番目のパラグラフです。
    むしろ、これ以外の所は、どうでも良いと言ってもいい位です。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    帰属財産についてのことだけが採択され、それ以外の我が政府の意見は、すべて拒否されたことは遺憾なことであった。特に、独島を平和条約の中に明記しなかったことは、長く続く紛争の種を残した処置であった。日本占領軍最高司令部が、当初いわゆる「マッカーサー線」を引く時にも、彼らは独島を「マッカーサー線」の外に置いたのであり(すなわち、日本の漁船が独島まで来る事ができないようにしたのであるが)、ここへ来てそれを平和条約の中に明記しなかったことは、理解することができない処置であった。しかし、そうだとしても、それをもって米国が独島を日本領土と考えているとは、もちろん解釈されない。鬱陵島に付属した小岩礁にすぎないので特記する価値がないものと見た結果にすぎないのである。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

    1966年の段階において
    「米国が独島を日本領土と考えているとは、もちろん解釈されない。」
    と強弁しているということは、
    兪鎮午は、「ラスク書簡」の内容を知らなかった、ということでしょうか?

    当時の外務部の連中は、「味方」をここまであざむいていた、ということになるのでしょうか。

    この兪鎮午の文章に書かれている「外交委員会の意見書」に対する、いわば「アメリカ側の返答」それ自体として、「ラスク書簡」があったのでしょうから、
    「意見書作成」を主導したひとりである兪鎮午に対して、その結果が伝えられない、というのは、やや異常です。

    とすれば、
    兪鎮午自身が、ラスク書簡の存在も、その内容も良く知っていて、
    すなわちアメリカは、独島を日本領土と認識しおり、韓国領土とは認識していない、という事実を、じゅうじゅう知りながら、
    むしろ彼自身が、それを隠して、1966年段階でも、国民を騙し通そうとしていた、ということになるのでありましょうか?

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  46. 時系列にそって並べて比較してみます。

    1951年3月末、法務部法務局長の洪璡基(ホン・ジンギ)が、対日平和条約の草案を掲載した日本の朝日新聞をもって兪鎮午をたずねた。(東亜日報1974年5月22日記事)

    1・4後退後、数か月たったある日(3月末ごろと記憶するが4月はじめだったかもしれない)、当時法務部の法務局長であった洪璡基(ホン・ジンギ)氏が、日本の新聞1紙を持ってやってきた。対日講和条約の草案の訳文が掲載されていたが、それを見れば、我が国の利害に関係する部分が少なくないばかりか、帰属財産処理についての規定は、まかり間違えば我が国に非常に不利であるようだとのことであった。(兪鎮午「韓日会談が開かれるまで」(上)『思想界』1966年3月号)

    *「1・4後退」は1951年1月4日。東亜の記事は、「日本の新聞」を「朝日」と特定している

    日本の新聞にまで平和条約の草案が発表された以上、利害関係国である韓国にも草案を送付するであろうと、その事実を洪璡基に確認したが、「わからない」と言う。
    (上記と同日の話) (東亜5月22日)

    2・3日後、張勉総理が兪鎮午を急いで呼ぶので、慶南道庁内の国務総理室をたずねると、ある書類を手にして・・していた。(・・は「不機嫌に」「不満そうに」)
    「平和条約草案は、もう2週間前に大統領に届いていたのに、ある秘書の引き出しの中に今まで入れたままにしていたのだそうだ」(東亜5月22日)

    *よって「平和条約草案」が韓国側に届けられたのは、3月中旬。
    *上記「朝日新聞」の日付が特定できれば、日本側に知らせてきた日もわかる。

    「草案」を手にした兪鎮午は、洪璡基とともに綿密に検討した。兪鎮午は、意見書作成の準備に着手し、まず初めに尋ねたのは崔南善であった。歴史上、韓国領土と主張できるのは、どの島であるかを知るためであった。六堂・崔南善は、記憶力がよく、独島の来歴について色々と根拠をあげ、兪鎮午が確信できるだけの説明をした。(東亜5月22日)
    続いて「対馬の話」、「パラン島の話」

    「ムチオ」の李承晩への説得が功を奏したのか、1951年4月16日、外務部の中に対日平和条約を扱う外交委員会を設け、草案修正のための意見書作成を開始した。(東亜5月23日)
    *東亜は外交委員会設置の日を4月16日と特定している。

    意見書には、帰属財産と領土問題、漁業ライン問題などをのせた。特に領土問題の中で、「パラン島」の実存の当否は確実ではなかったが、たとえ実存しなくてものせておいて害になることもないだろうと結論し、独島とともに条約2条(済州島、巨文島、鬱陵島)に追加することを要求することにした。(東亜5月23日)

    1951年6月の初め。卞長官は外交委員達に、韓国政府のメモランダムをすでに米国政府に送ったと報告し、英文からなるメモランダム文書を配った。
    これを見た兪鎮午は、吃驚した。外交委員会が作成した意見書に非常に長い前文がつき、内容も1、2項が追加されており、前文は奇怪で本文で展開した法理論と相衝する(あいいいれない)内容のものがあった。「誰がこんなことをしたのだ」と問う兪鎮午に、卞栄泰は、大統領の米国人顧問「クルレン」が加筆したと答えた。加筆で問題が起こったので、卞栄泰は、配布したメモランダム書面を回収していったが、すでに米国政府に発送したあとであり、これ以上議論しても仕方がなかった。(東亜5月23日)
    ある日(いつであったか確実ではないが、6月初め頃ではなかったかと思う)、久しぶりに外交委員会が開くというので出向いたところ、卞外務長官から、我が政府の意見書はすでに米国政府に送ったという報告があった。私はとても満足した。しかし、席上で配布された意見書の写本(英文)を見て、私は憤慨した。委員会で作成した意見書に、非常に長い前文をつけ、内容も、1、2項目追加されていたが、その前文なるものは奇怪で、本文で展開した法理論と相衝する(あいいれない)内容であったからだ。誰がこんなことをしたのか、と言うと、大統領顧問である米国人が加筆したものだという答えであった。私は、非常に不快であったが、もうどうすることもできなかった。(『思想界』)

    *東亜は、大統領の米国人顧問を「クルレン」としている。

    兪鎮午は、平和条約草案修正に帰属財産だけが反映され、その他のものはすべて拒否されたことは遺憾であり、「特に、独島を平和条約に明記しなかったことは、長く続く紛争の種を残した処置であった」と述べ、「駐日連合軍司令部がマッカーサー・ラインを引く時にも、独島を「マッカーサー」ラインの外側にし、日本漁船が独島にまで出漁できないようにしたのに、それを平和条約に明記しないことは理解しがたいことであった」と付け加えた。
    (東亜5月23日)
    帰属財産についてのことだけが採択され、それ以外の我が政府の意見は、すべて拒否されたことは、遺憾なことであった。特に、独島を平和条約の中に明記しなかったことは、長く続く紛争の種を残した処置であった。日本占領軍最高司令部が、当初にいわゆる「マッカーサー線」を引く時にも、彼らは独島を「マッカーサー線」の外に置いたのであり(すなわち、日本の漁船が独島まで来る事ができないようにしたのであるが)、ここへ来てそれを平和条約の中に明記しなかったことは、理解することができない処置であった。しかし、そうだとしても、それをもって米国が独島を日本領土と考えているとは、もちろん解釈されない。鬱陵島に付属した小岩礁にすぎないので特記する価値がないものと見た結果にすぎないのである。(『思想界』)

    「パラン島」は、1951年8月、韓国山岳会(会長洪鐘仁)が、海軍の協力を得て、海図に表示された海上(済州西南方180キロメートル)を探査したが、発見できなかった。兪鎮午は、平和条約草案修正対米メモランダムに「パラン島」が入ったことで、外交公文書に、実存しもしない島を領土だと主張して、取り返しのつかない失敗をしてしまった」と回顧している。(東亜5月23日)
    パラン島は、その年の夏、韓国山岳会の洪鐘仁(ホン・ジョンイン)氏が主導し、わが海軍の協力のもと、日本海軍水路部で発行した海図を持って実地探査したのであるが、ついに発見できずに終わった。忽忙中、不得意なことであったが、国家の権威を象徴する公式外交公文書に、実存しない島の名前を書き、我が領土だと主張したことは、取り返しのつかない失敗であった。(『思想界』)

    *兪鎮午は、パラン島の調査は「日本海軍水路部で発行した海図を持って実地探査した」としているが、この部分は、東亜の記事では消えている。

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  47. matsuさん

    翻訳ありがとうございました。やはり重要なのは、

    ”米国が独島を日本領土と考えているとは、もちろん解釈されない。鬱陵島に付属した小岩礁にすぎないので特記する価値がないものと見た結果にすぎないのである。”

    この部分ですね。修正要求に対する回答であるラスク書簡には

    ”朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島は、かつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思われません。”

    とあるわけで、どう考えても”鬱陵島に付属した小岩礁にすぎないので特記する価値がないので”韓国領と考えていたけれども韓国側の要求を拒否して平和条約に明記しないことにしたはずはありません。
    この『思想界』の文章が書かれた時代はまだラスク書簡が公開されていなかったので好き勝手に歪曲し放題であったものと考えられます。
    ラスク書簡が公開されてこの部分の韓国の見解がどのように変化していったにも興味があります。
    半月城通信の記述から推測するとこのようなものではないかと私は考えます。

    ラスク書簡公開前
    修正要求は拒否されたがアメリカは竹島を韓国領と考えていた。したがって竹島は韓国領である。

    ラスク書簡公開後・前期
    ラスク書簡はただの手紙であり効力はない。SCAPIN 677は有効である。したがって竹島は韓国領である。
    ”国際法の限界”(一番最後の部分)2001年2月11日
    http://www.han.org/a/half-moon/hm079.html#No.542

    ラスク書簡公開後・後期=現在
    修正要求は拒否されたが竹島を日本領とする明文規定も排除された。講和条約で韓国は不利益をこうむらない。したがって竹島は韓国領である。
    外務省「竹島」パンフ批判(7)、サンフランシスコ講和(平和)条約
    http://www.han.org/a/half-moon/hm134.html#No.971


    結局の所「したがって竹島は韓国領である。」の部分に変化はないようです。

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  48. matsuさん

    有難うございます。

    私が主に引っかかったのは皆さんとは違う箇所でした。”これ以外の所”もとっても示唆に富んでいますよ。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ”「草案」を手にした兪鎮午は、洪璡基とともに綿密に検討した。兪鎮午は、意見書作成の準備に着手し、まず初めに尋ねたのは崔南善であった。歴史上、韓国領土と主張できるのは、どの島であるかを知るためであった。六堂・崔南善は、記憶力がよく、独島の来歴について色々と根拠をあげ、兪鎮午が確信できるだけの説明をした。(東亜5月22日)”

    ”意見書には、帰属財産と領土問題、漁業ライン問題などをのせた。特に領土問題の中で、「パラン島」の実存の当否は確実ではなかったが、たとえ実存しなくてものせておいて害になることもないだろうと結論し、独島とともに条約2条(済州島、巨文島、鬱陵島)に追加することを要求することにした。(東亜5月23日)”
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    平和条約制定過程では韓国にとって漁業ライン問題に比べ領土問題がプライオリティであったようです。ただ、『鬱陵島と独島-韓日交渉史の一側面』(1953年 崔南善) を読む限りでは、確信できるだけの説明がなんだったのか、本当に謎です。その点を明記していないことが、ヒントなのでしょう。

    問題は、

    1. 対馬は領有権の根拠を崔南善に否定されたにも関わらず、実際は(恥ずかしげもなく)アメリカに4/27の公文書では対馬を要求している。
    2. 4/27の公文書では独島もパラン島も要求していない様子。両島は7/19になって初めて米国に要求している。

    の二点で、話が噛み合っていません。アメリカ側の公文書をもっと検証する必要がありますが、今の時点では兪鎮午の語る回想と歴史的事実とが符合しません。matsuさんの指摘するRusk書簡の無視もまた然りです。何かがとっても怪しい…

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    意見書には、帰属財産と領土問題、漁業ライン問題などをのせた。特に領土問題の中で、「パラン島」の実存の当否は確実ではなかったが、たとえ実存しなくてものせておいて害になることもないだろうと結論し、独島とともに条約2条(済州島、巨文島、鬱陵島)に追加することを要求することにした。(東亜5月23日)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    韓国政府、1951年4月27日に米国務省に送った文書で、サンフランシスコ平和条約に韓国の対馬の領有権を盛り込むよう要求、却下される
    (←この文書、どなたか詳しい内容をご存知ありませんか? FRUSに入っているかもしれませんね。探してみます。 4/27ということは、”卞外務長官から我が政府の意見書はすでに米国政府に送った...”この意見書ではないかと思われるのですが、どうやら対馬だけで竹島/独島は要求していないようなのです。)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ”1・4後退後、数か月たったある日(3月末ごろと記憶するが4月はじめだったかもしれない)、当時法務部の法務局長であった洪璡基(ホン・ジンギ)氏が、日本の新聞1紙(「朝日」)を持ってやってきた。対日講和条約の草案の訳文が掲載されていた”
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    米国の平和条約草案について、日本政府が正式に相談に預かったのは1950年の暮くらいから、ということなので、時期的には合いますね。朝日新聞、捜します。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ”意見書は、4、5個の条項から構成されていたが、帰属財産問題と領土問題の他のものが何であったのかは、今は覚えていない。領土問題中、「パラン島」は、実存するかどうかが確実でなく、自信がなかったが、たとえ実存しないにしても、入れておいて害になることも無いだろうとして、独島とともに平和条約第二条に追加するように要求した。”
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    1951年4-5月の段階では帰属財産問題と領土問題が主な関心ごとであったことが推察されます。(漁業問題、つまりマッカーサーラインの保全は主要ではなかったのでしょうか。)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ”ある日(いつであったか確実ではないが、6月初め頃ではなかったかと思う)、久しぶりに外交委員会を開くというので出向いたところ、卞外務長官から我が政府の意見書はすでに米国政府に送ったという報告があった。”
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    上記の”、1951年4月27日に米国務省に送った文書”でしょうか? 

    # 1949年12月29日版以降 日本は済州島、巨文島、及び、鬱陵島を放棄すること。日本の保有領土の項に竹島を明記。
    # 1951年6月14日版以降 日本は済州島、巨文島、及び、鬱陵島を放棄すること。(日本の保有領土の項は無くなる)

    と、6月に竹島の明記がなくなることと関係があるのでしょうか?

    1951年7月9日の時点では対馬の要求のみで、竹島およびパラン島は要求していません。

    しかし、7/19に対馬の要求を取り下げ(この時点で、韓国人には歴史的事実に関係なく未来永劫対馬の領有を放棄したわけです。)、かわりに突然竹島とパラン島を要求し、しかもその位置を鬱陵島の近くだと言っています。

    日本語インデックスからアクセス可
    1951 - July 9th - Coversation of Yu Chan Yang with John F. Dulles - #8

    1951 - July 19th - The 2nd Conversation between Yu Chan Yang and John F. Dulles - #9

    1951 - August - Another letter from You Chan Yang - #10

    1951 - August 3rd - Memorandum - #11(On re-ceiving Boggs's memo. I asked the Korean desk to find out whether anyone in the Korean Embassy officer had told him they believed Dokdo was near Ullengdo, or Takeshima Rock, and suspected that Parangdo was too.)

    1951 - August - Rusk's Letter - #12

    1951 - September 9th - San Francisco Peace Treaty - #13

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  49. 大統領の米国人顧問「クルレン」の存在も新発見です。
    韓国側はこれまでずっと竹島が日本領になったのは米国人顧問シーボルトが「ロビー活動」をしたからであると主張していましたが、韓国側もやっていたことになります。

    ネットで調べてみるとシーボルトは”合衆国対日政治顧問代表部顧問 ”あるいは”GHQ外交局長兼駐日政治顧問”であり、アメリカが日本政府に影響力を行使するために日本政府に押し付けたアメリカの公務員のようです。
    にもかわらず、シンヨンハ氏や半月城氏の文章ではまるで日本政府がアメリカに影響力を行使するために日本にとって都合の良い人物を日本政府の顧問に雇ったかのような表現になっています。

    ”日本側は連合国の「対日講和条約」第5次草案の情報を入手するや、当時日本政府の顧問であったシーボルト(Sebald)をたてて猛烈にロビー活動をした。”

    愼鏞廈教授の独島百問百答Q92.(シーボルトのロビー活動)
    http://www.han.org/a/half-moon/hm104.html#No.760

    そもそもロビー活動とはある特定の主張を有する個人または団体が、政府の政策に影響を及ぼすことを目的として行う私的な政治活動のことです。
    にもかかわらず民間人や選挙で選出された公務員(=議員)ではない一般的な公務員であるシーボルトが自らの所属する機関に何がしかの働きかけをするのは、ロビー活動とは呼ばないはずです。

    韓国のネット上では日本人のロビー活動について語られるときは「ロビー活動」と言う言葉が極悪人が使う卑劣な手段であるがごとく語られる一方で、韓国人のロビー活動について語られるときは「ロビー活動」と言う言葉が正義の味方が正義を広めるために戦略的に有効な手段として語られているのも気になります。

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  50. yabutarouさん
    >これを見ると平和条約の調印時に竹島は日本領と認められていたのは事実だが、韓国には>竹島の領有権についての条約の解釈に不服のある時はたとえ条約の発効以後であっても
    >国際司法裁判所に提訴して、国際司法裁判所に条約の解釈を判定してもらう権限が留保さ>れていると解釈できます。(もちろん勝手に竹島を占拠してはいけません。)

    当事国(Party)とは、普通は条約に拘束されることに同意した国。則ち、条約に署名・批准した国を指します。ウィーン条約法条約でも以下の定義となっています。韓国は当事国ではなく第三国の立場だと思います。

    第2条 用語
     (g) 「当事国」とは、条約に拘束されることに同意し、かつ、自国について条約の効力が生じている国をいう。

    また、条約に瑕疵があったとしてもその無効化のためには当事国への通知が必要です。(ウィーン条約法条約65条)

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  51. 太田修『日韓交渉~請求権問題の研究~』2003年3月25日刊(クレイン=出版社名)
    74pに
    兪鎮午は「対日講和条約の検討」という論文を7月25日から7回にわたって「東亜日報」に掲載した。とあり、
    その(注11)として351pに
    「対日講和条約の検討」(上)(二)~(六)(完)『東亜日報』1951年7月25日~8月1日
    とあります。

    関連内容があるかもしれません。

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  52. 上掲書にはまた、72~73pに

    1951年3月20日頃にアメリカ国務省が最初の対日講和条約草案を韓國政府に手交すると(注5)、4月16日、韓国政府は外務部に「対日講和会議準備委員会」(後に「外交委員会」と改称)を組織し(注6)、対日講和条約草案の検討作業と対応策の立案作業を進めた。

    とあり、351pに

    (注5)金東祚『回想30年 韓日会談』1986 10p(邦訳『韓日の和解―日韓交渉14年の記録』林建彦訳 サイマル出版会1993)
    (注6)委員長は張勉総理、委員は趙炳玉内務部長官、金度演法務部長官、裴廷鉉大法官、兪鎮午前法制処長、崔斗善東亜日報社長、張基栄韓国銀行総裁、孫元一海軍参謀総長、洪鐘仁朝鮮日報主筆、林松本殖産銀行総裁、洪璡基法務部法務局長、李建鎬・朴在摂高麗大学教授などだった。
    兪鎮午「言い残して置きたい話 韓日会談(7)」『中央日報』1983年9月5日
    金東祚 前掲書 11p
    とあります。

    兪鎮午「韓日会談 言い残して置きたい話 80話」の『中央日報』への掲載については、
    1983年9月2日(5)
         9月5日(7)
         9月23日(21)
        10月27日(50)などの注記があります。

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  53. matsuさん

    兪鎮午 「対日講和条約の検討」(上)(二)~(六)(完)『東亜日報』1951年7月25日~8月1日
    兪鎮午「言い残して置きたい話 韓日会談(7)」『中央日報』 1983年9月2日(5)、 9月5日(7)、 9月23日(21)、 10月27日(50)

    情報有難うございます。手に入れたいと思います。(ただ、中央日報がどこにあるのかがまだ分かりません。)前者に何と書かれてあるのか、特に、興味があります。時期的に、”記憶違い”が起こりえないはずですから。

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  54. opp さん

    当事国(Party)とは、普通は条約に拘束されることに同意した国。則ち、条約に署名・批准した国を指します。ウィーン条約法条約でも以下の定義となっています。韓国は当事国ではなく第三国の立場だと思います。

    なるほど韓国が当事国ではないことがよくわかりました。しかしながら当時のアメリカ政府は韓国にも第二十二条が適用されると考えていたようです。
    アメリカの内部文書”1953. 12. 9일자 덜레스의 전문, no.1387”にはこのようにあります。

    ”US view regarding Takeshima simply that of 1 of many signatories to treaty. Article 22 was framed for purpose settling treaty disputes.”

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  55. ”1953. 12. 9일자 덜레스의 전문, no.1387”は

    http://www.history.go.kr/

    で”Liancourt”で検索すると出てきます。 해외사료총서(5)の四番目です。


    念のために関連する部分を載せておきます。駐日アメリカ大使館の記録のようです。

    3. Record Group 84, Japan, Tokyo Embassy, Classified General Records 1953~1955, Box No.21~58 Box No.23

    ▷ 322.1­Liancourt Rocks
    ∙ 샌프란시시코 회담에서 독도(Liancourt, Takeshima)가 일본령으로 결정났으니 이 내용을 공표해야 한다는 국무부관리의 문서 등 (예) R. B. Finn이 작성한 일자불명, 아마도 1953년 4월초 추정되는 비망록.
    ◦ Memorandum for Mr. Leonhart by R. B. Finn, Subject:Liancourt Rocks
    ∙ “I Suggest that the United States Government might consider issuing at some appropriate time a statement to the effect that by our interpretation of the Peace Treaty sovereignty over the Liancourt Rocks clearly remains in Japan. The ROK continues to argue that it has sovereignty over these rocks, despite letters from the Department to ROK Ambassador Yang. Although U.S. intrusion into ROK-Japan problems is not greatly appreciated, I feel that the issue is clear and that the haggling and physical jnjury that are likely to ensue from continued debate over this problem might be avoided by an appropriate statement by the United States. (서명) R. B. Finn“
    ◦ Leonhart의 필사 메모(핀의 비망록 위에 적음)
    ∙ "Mr. Berger, I agree with Finn's recommendation, and think it might be made in connection with the transmittal. If you concur, let's have Despatch retyped and sent to the Amb or JGP for approval. (서명)[April LDL]"
    ◦ 1953. 12. 9일자 덜레스의 전문, no.1387
    ∙"Department aware of peace treaty determinations and US administrative decisions which would lead Japanese expect US act in their favor on dispute with ROK over sovereignty Takeshima. However to best our knowledge formal statement US position to ROK in Rusk note August 10, 1951 has not been communicated Japanese. Department believes may be advisable or necessary at same time inform Japanese Government US position on Takeshima. Difficulty this point is question of timing as we do not wish add another issue to already difficult ROK-Japan negotiations or involve ourselves further than necessary in their controversies, especially in light many current issues pending with ROK. Despite US view peace treaty a determination under terms Potsdam declaration and that treaty leaves Takeshima to Japan, and despite our participation in Potsdam and treaty and action under administrative agreement, it does not necessarily follow US automatically responsible for settling or intervening in Japan's international disputes, territorial or otherwise, arising from peace treaty. US view regarding Takeshima simply that of 1 of many signatories to treaty. Article 22 was framed for purpose settling treaty disputes. New element mentioned paragraph 3 your 1275 of Japanese feeling United States should protest Japan from ROK pretensions to Takeshima can not be considered as legitimate claim for US action under security treaty. Far more serious threat to both US and Japan in Soviet occupation Habomais does not impel US take military action against USSR nor would Japanese seriously contend such was our obligation despite our public declaration Habomais are Japanese territory. While not desirable impress on Japanese Government security treaty represents no legal commitment of part US, Japanese should understand benefits security treaty should not be dissipated on issues susceptible judicial settlement. Therefore as stated Department telegram to Pusan 365 repeated information Tokyo 1360 November 26, 2952 and restated Department telegram 1198 US should not become involved in territorial dispute arising from Korean claim to Takeshima. Issue seems less acute at moment so perhaps no action on our part required. However in case issue revived believe our general line should be that this issue, if it can not be settled by Japanese and Koreans themselves, in kind of issue appropriate for presentation international court of justice.[Dulles]"

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  56. Yabutaroさん。
    SF条約には連合国以外への利益・権利付与の禁止と共に受益の第三国向けの条項があります。
    --------------------------
    第二十一条 この条約の第二十五条の規定にかかわらず、中国は、第十条及び第十四条(a)2の利益を受ける権利を有し、朝鮮は、この条約の第二条、第四条、第九条及び第十二条の利益を受ける権利を有する。
    第二十五条 この条約の適用上、連合国とは、日本国と戦争していた国又は以前に第二十三条に列記する国の領域の一部をなしていたものをいう。但し、各場合に当該国がこの条約に署名し且つこれを批准したことを条件とする。第二十一条の規定を留保して、この条約は、ここに定義された連合国の一国でないいずれの国に対しても、いかなる権利、権原又は利益も与えるものではない。また、日本国のいかなる権利、権原及び利益も、この条約のいかなる規定によつても前記のとおり定義された連合国の一国でない国のために減損され、又は害されるものとみなしてはならない。
    --------------------------

    二十五条の留保(連合国以外には如何なる権利を与えない)には二十二条は含まれないという構成になっています。
    ご指摘のワシントンから駐日宛の内部文書が、SF条約中の「当事者」をウィーン条約法条約31条第4項の特別な意味を与えることを意図していた証拠とすることは困難なように思います。理由として、1.SF条約25条21条との齟齬が発生すること、2.外に対して表明されたものはないこと、3.韓国への適用を示唆していることが明確ではないこと、があります。これまでのICJ等での判例を見る限り、あくまで解釈は条約本文で行い、補足手段は本文による解釈が間違いでないことの確認程度にしか使われていないことに留意する必要があると思います。

    http://www.kjclub.com/UploadFile/exc_board_59/2009/07/24/dulles-doc1_cms1530.jpg
    US view regarding Takeshima simply that of 1 of many signatories to treaty. Article 22 was framed for purpose settling treaty disputes
    .
    アメリカを「1 of many signatories」と位置づけたことを受けた文書ですから、私には「(アメリカの見解に対して)他の署名国は22条の異議申し立ての権利を有する」と言っているように思います。

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  57. opp さん

    ヴァンフリート特命報告書に次のような文章があります。

    合衆国は獨島を日本の領土であると考えるが、紛争への介入は拒否した。紛争を国際司法裁判所に適切に付託すべきであるという我々の意向は非公式に韓国に伝えられた。

    「我々の意向は非公式に韓国に伝えられた。」とあるわけですから、 opp さんの理由その2.「外に対して表明されたものはないこと」と理由その3.「韓国への適用を示唆していることが明確ではないこと」は適切ではないと考えます。

    そもそも同じ文章に「合衆国は獨島を日本の領土であると考える」という部分と「国際司法裁判所に適切に付託すべき」という部分があるわけですから、この二つの認識が矛盾すものであるとアメリカが考えていたはずがありません。
    したがって、「合衆国は獨島を日本の領土であると考え」ていたけれども、最終的には「国際司法裁判所に適切に付託」して解決することができると考えていたはずです。
    それに当事国でない第三国でも国際司法裁判所に訴えることはできるわけで、当事国であるかどうかは余り意味がないのではないでしょうか。

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  58. YABUTAROさん
    >当事国であるかどうかは余り意味がないのではないでしょうか。

    そのとおりだと思います。ICJは国連憲章にもあるとおり、紛争の解決を行うところです。一応、国連を主導したアメリカが紛争をICJで解決をはかるように言うのは当然だと思います。(その後、ニカラグアで負けたアメリカがICJの管轄権受諾宣言を撤回したのはアメリカらしいジャイアンぶりですが)ヴァンフリートのその話は、SF条約22条に基づく韓国の権利に基づくものであるとは何ら証明されないと思います。
    韓国はICJに付託することは可能ですが、当事国ではないのでSF条約に疑義があるといってSF条約の効力を留保し解釈を変えることはできません。権限のある署名国から竹島を日本領としたSF条約に対して錯誤無効や改正の通告がなされていない現状でICJが1905年まで遡ることもないと思います。権限のないICJが、「1905年の島根県の編入は無効なのでサンフランシスコ条約で日本は竹島を放棄すべきだった」という判決を出すことはありえないと思います。法的にSF条約で日本が竹島を委棄したのかどうかを粛々とICJは検証するだけということになります。記憶が定かではないですが、アフリカだったかの島でICJは、「最新の状況に基づくのでそれ以前の歴史なんて調べる必要もない」とにべもない判決を下しています。
    私も1905年以前の話が無意味であるとは思っていませんし、私自身興味をもってきました。しかし、それは国際法の権原という法的な問題ではなく正当性や道徳的な問題としてということになります。国際法に基づき1905年までSF条約の解釈が遡るという話になると、それは法的には困難な主張だと思います。

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  59. 私も含めて話しが少々混乱しているので整理してみました。恐らく、以下の4つの観点での議論が輻輳しているように思います。

    1.韓国が竹島問題をICJに付託できるか。
    →国連に加盟しており、日本の同意を得られればできます。(日本の同意を得ることは容易でしょう)

    2.韓国の認識がSF条約の解釈に影響を与えることはできるか。
    →条約当事国でないので韓国の認識はSF条約の解釈に影響を及ぼしません。(条約法条約31条)

    3.韓国若しくはICJが現行のSF条約に錯誤があるとしてSF条約の無効を主張できるか。
    →条約当事国でない韓国やICJにはできません。無効には当事国の通告が必要です。(条約法条約65条)

    4.韓国若しくはICJが現行のSF条約に錯誤があるとして竹島を放棄するようにSF条約を改正させることができるか。
    →条約当事国でない韓国やICJにはできません。竹島を放棄するという改正には少なくとも日本の同意が必要です。(条約法条約41条第1項(b)(i))

    内藤正中の半月城か金柄烈との共著だったかに「ラスク書簡の情報に瑕疵があるから書簡は無効であり、それが証明されれば竹島は韓国領になる」というものを見かけましたが、日本の同意は必ず必要になります。ウィーン条約法条約くらい読んでほしいものだと思いました。

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  61. opp さん

    1.韓国が竹島問題をICJに付託できるか。
    →国連に加盟しており、日本の同意を得られればできます。(日本の同意を得ることは容易でしょう)

    日本は選択条項受諾宣言(規程36条2項)をしているので日本の同意は必要ないのではないでしょうか。


    3.韓国若しくはICJが現行のSF条約に錯誤があるとしてSF条約の無効を主張できるか。
    →条約当事国でない韓国やICJにはできません。無効には当事国の通告が必要です。(条約法条約65条)
    4.韓国若しくはICJが現行のSF条約に錯誤があるとして竹島を放棄するようにSF条約を改正させることができるか。
    →条約当事国でない韓国やICJにはできません。竹島を放棄するという改正には少なくとも日本の同意が必要です。(条約法条約41条第1項(b)(i))


    当事国Aと当事国Bの間に結ばれた条約が当該条約の第三国Cの正当な権益を侵害している場合に、第三国Cは当事国ABを国際司法裁判所に訴えて、国際司法裁判所の判決によって当該条約の全部または一部を無効にして第三国Cの正当な権益を維持することは可能でしょうか。

    具体例には、中国と北朝鮮の間に結んだ安全保障条約で沖ノ鳥島を中国領と認めた上で沖ノ鳥島に北朝鮮軍を駐屯させることを決定した時に、日本政府がこれを阻止するための対抗策として中国と北朝鮮を国際司法裁判所に訴えたケースを想定してみてください。

    oppさんの法理論では国際司法裁判所では当該安全保障条約で実際に沖ノ鳥島を中国領と認めたのかどうかを粛々と検証するだけで、条約の第三国である日本政府の事情すなわち当該条約締結前に沖ノ鳥島が日本領であったということは考慮されないということになります。

    私は法律については全くの門外漢なのですが、常識的に考えてoppさんの法理論には釈然としないものがあります。またもし日本政府がこのような法理論を援用しようとすると、かえってまずい立場に追い込まれてしまうかもしれません。。

    私の予想では第三国Cは当該条約の当事国ではないが、当該紛争の当事国ではあるので、第三国Cの言い分が正当なものならば紛争解決のために国際司法裁判所が当該条約の無効を裁定することはあるようにも思われます。まあ全くの素人考えですが。。。

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  62. yabutaroさんへ
    当初のyabutaroさんの主張の前提は「錯誤」だったと思います。このため、私の反論も「錯誤」を前提としており、今回ご提示の第三国の権利侵害はこれまでの議論とは前提が異なっています。第三国の同意のない権利侵害(条約法条約35条)や強行規範違反は、当然ですが無効となります。なお、権利の侵害ではなく第三国へ権利を付与する場合は明示的な反対がない限り有効とされます(条約法条約36条)。反対して無効になっても権利が付与されないだけですが。
    韓国がSF条約で権利の侵害を主張するには、yabutaroさんの言うところの「正当な権益」をSF条約前に取得していた必要がありますが、そのような事実はないように思います。唯一、竹島の正当な権益を与える可能性のあったSF条約で、韓国は権益を与えられませんでした。
    次に沖ノ鳥島の例について考えてみます。条約法条約35条や割譲の事実がないことに基づき中国北朝鮮間の条約は無効とされるでしょう。最初から日本領であり、北朝鮮が占領していたとしても条約があったとしても無効であり、ずっと日本領のままだったという判決です。注意しなければならないのは、無効の判断によってICJが新たな法的効果を創出したわけではないということです。SF条約にあてはめてみます。日本が権利を喪失する条項である第2条が無効になったと仮定しましょう。どうなるでしょうか。日本の(竹島を除く鬱稜島や朝鮮半島等の)放棄が無効になるだけであり、竹島の法的地位(日本が権原を有する)については何の影響も与えません。それにも関わらず1905年に判断が遡るということは、ICJや韓国が「日本が竹島を放棄したかどうか」ではなく「1905年に立ち返って日本に竹島を放棄させるべきかどうか」を判断することを意味します。「無効かどうか」や「条約解釈」といった司法の範疇ではなく、日本の領土に関して新たな法的効果を生み出す立法の話であり、その権利を韓国やICJが有することが前提になります。国際法は、同意が基本です。ウィーン条約法条約の35条と36条の関係をみてもわかるように、特定の国が権利を喪失する場合は厳密に喪失側の同意が必要です。SF条約で日本が島々の権原を放棄しなければならなかったのは、ポツダム宣言の「我々の決定する諸小島に限られなければならない」に主権者たる日本が同意したからです。日本に竹島を放棄させる権利を有するのは、その日本の同意の相手である「我々(連合国)」であり、そこに韓国やICJは含まれていません。
    1905年の事実に基づき権利喪失当事国の同意もなく新たな法的効果を創出するというのは、「裁判所は立法権も有する」と言っているのと同じです。このようなことはありえないことは、おわかりいただけるかと思います。

    なお、ご質問のICJの選択条項受諾宣言は、相手国も宣言している場合のみ有効です(第36条:裁判所の管轄を同一の義務を受諾する他の国に対する関係において。。。。)。韓国は宣言をしていないため、日本の同意を得る必要があります(若しくは韓国が宣言をする)。

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  64. yabutarouさんとoppさんのやり取りを見ていて感じたことです。

    サンフランシスコ講和条約の領土条項は1905年の日本による竹島の編入を肯定し、国際法上合法であることを改めて確認するかたちになっています。したがって、サンフランシスコ講和条約を否定するなり、その無効を主張するためには、1905年の日本による編入が不当であることを証明しなければならず、そのためには1905年以前に朝鮮が平穏かつ継続的に実効的な支配を竹島に及ぼしていた証拠を提示しなければなりません。言い換えるならば、実質的に経営していた事実があるか否かが問われているわけです。このハードルは相当高いと思いますよ。

    yabutarouさんが明らかにされてきたように朝鮮の于山島は竹嶼(韓国名:竹島)と解すべきであり、今日彼らの子孫が「独島」と呼んでいる島は、彼らの認識の外にあったと結論せざるを得ないのではないでしょうか。すなわち今日日本で竹島、韓国で独島と呼ばれている島を朝鮮は認知していなかったのであり、「于山島は独島の古い呼称」との認識は戦後形作られたのではないかと思われます。

    ところが、韓国側の論者の中にはいまだに古地図を持ち出してきて、国際法上受け入れられないような勝手な解釈を広言している人がいます。根拠の薄い推論の積み重ねなどいくらやろうと国際法の要求を満足するような論とはならないと思うんですけどね。ご苦労なことです。

    なお、条約に記された領土条項は実効的支配があったとしても、それに優越します。ということで、サンフランシスコ講和条約の領土条項はとても重要だと思います。

    竹島の帰属が明記されている条約を非締約国であることをたてに無視して、紛争の不存在を主張して交渉のテーブルにさえつこうとしない韓国政府の姿勢も問題ですが、韓国に振り回されて効果的な手を打てずにいる日本政府の対応に問題があるように思います。また、日本政府の怠慢を批判して紛争の解決を急がせるべきマスコミが、これまた怠慢で伝えるべきを伝えていないのも問題だと思います。

    2010.3.3

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  65. oppさんに質問です。

    「条約法に関するウィーン条約」は1969年5月23日にウィーンで採択され、1980年1月27日に発効したと承知しています。この条約の発効以前に遡って適用することは可能なのでしょうか。サンフランシスコ講和条約を解釈するのに「条約法に関するウィーン条約」を用いられるのかということです。

    それともう一点。
    「韓国はサンフランシスコ講和条約の非締約国なので拘束されない。それにどんなことが書かれていようが関係ない。」というような主張が掲示板では見受けられます。この主張の妥当性について聞かせてください。私の考えでは、確かに韓国はサンフランシスコ講和条約の非締約国ですが、第二十一条で領土条項など朝鮮は利益をえると規定されていますので「どんなことが書かれていようが関係ない。」などとは言えないのではなかと思うのですが。

    2010.3.3

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  66. oppさん

    第三国の同意のない権利侵害(条約法条約35条)や強行規範違反は、当然ですが無効となります。

    もし将来1905年以前に竹島に韓国の国際法上の領有権が成立していたことが明らかになって、これを根拠にサンフランシスコ平和条約の該当条約は第三国の同意のない権利侵害(条約法条約35条)や強行規範違反であるから竹島は韓国領にすべきであると訴えた場合どうなるのでしょうか。
    当初の私の主張の前提はまさにこれです。最初から韓国(大韓帝国)領であり、竹島が島根県に編入されていたとしても無効であり、ずっと韓国領のままだったという判決なのでしょうか。

    国際裁判所は立法権を有さないので竹島を韓国領に判定することはないというのがoppさんのご意見のようです。

    しかしながらサンフランシスコ平和条約の第二十二条にはこのようにあります。 

    "この条約のいずれかの当事国が特別請求権裁判所への付託又は他の合意された方法で解決されない条約の解釈又は実施に関する紛争が生じたと認めるときは、紛争は、いずれかの紛争当事国の要請により、国際司法裁判所に決定のため付託しなければならない。"

    ”条約の解釈・・・に関する紛争が生じたと認めるときは””国際司法裁判所に決定のため付託しなければならない。”とあるのを見ればこの条文は国際司法裁判所に条約の解釈の権限があることを前提に書かれているように思われます。
    国際司法裁判所には条約の解釈の権限があるのでしょうか。条約の解釈の権限があるならば、竹島を韓国領に判定することもできるような気がしますがいかがでしょうか。

    もうひとつ疑問が沸いてきました。もし将来1905年以前に竹島に韓国の国際法上の領有権が成立していたことが明らかになって、これを根拠にサンフランシスコ平和条約とは全く無関係に、韓国政府が日本政府を訴えて竹島が韓国領であると国際司法裁判所に認定してもらうことは可能でしょうか。
    もしこれが可能なら、やはり究極的には1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であると言える状態にあったかどうかで判断すべきではないでしょうか。

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  67. Makotoさん
    ウィーン条約法条約は不遡及です。だから直接は用いることはできません。しかし、条約法条約は既にあった慣習法や判例を成文化したものです。このため、シパダンの判例等において条約法条約31条32条は条約法条約前に既に確立していた慣習法として援用されています。第三国の権利についても判例があったと思います。
    あと、「拘束されない」とは韓国は国としては言ってないと思います。SF条約の受益国ですから。日韓基本条約でも「SF条約を想起」としており、SF条約はその前提となっています。竹島に関して言えば、SF条約に拘束されないことが日本から権原を割譲されたことを証明するわけではありませんから意味のない主張だと思います。

    Yabutaroさん
    ふりだしに戻りましたね。22条の当事国に韓国は含まれません。また、22条は「条約の解釈」です。「SF条約をどう解釈するか」と「SF条約にはない法的効果を創設する」とは異なっています。「解釈」はSF条約の範疇を超えることはありません。それこそ、条約は通常の用語の意味において解釈しなければならず「解釈」という用語も例外ではありません。よって、22条は、Yabutaroさんの以下の主張の根拠とはなりえません。

    >もし将来1905年以前に竹島に韓国の国際法上の領有権が成立
    >していたことが明らかになって、これを根拠にサンフランシスコ
    >平和条約の該当条約は第三国の 同意のない権利侵害(条約法条約
    >35条)や強行規範違反であるから竹島は韓国領にすべきであると
    >訴えた場合どうなるのでしょうか。

    1905年から続く「日本の平和的な実効支配」も権原となりますので、1905年にいきつく前にこれも無効としなければなりません。なお、1905年当時は征服の権原が有効な時代です。勅令の石島が竹島と証明されても無効とするのは厳しいでしょう。

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  68. oppさん、丁寧な解説ありがとうございました。

    条約自体は不遡及であるものの慣習法や判例を法典化した条約であるので、サンフランシスコ講和条約が締結された当時広く受け入れられていた慣習法や判例はサンフランシスコ講和条約を解釈するのに用いられるわけですね。私のこの解釈が誤っていないとして、どのような慣習法や判例がサンフランシスコ講和条約を解釈するのに使用可能なのかを知ることができるのでしょうか。たとえばサンフランシスコ講和条約の締結よりも後の判例で広く受け入れるようになったために条約法条約に取り入れられたものがあるとしたら、それは適用できないのではないでしょうか。それとも条約法に関するウィーン条約はもっと古くから法源が確立されていたものばかりなので、サンフランシスコ講和条約の解釈をするにすべて問題なく利用可能なのでしょうか。

    「(サンフランシスコ講和条約に)拘束されない」と韓国政府が言っている事実は私も確認していません。某掲示板でそのようなことを口にしている人がいただけです。おかしなことを言うなと思いながら明確に否定する根拠を見つけられずにいたのでお尋ねした次第です。

    領土条項で日本が処分権を行使して、1910年の併合時に朝鮮であった領域を放棄することが明記され、それによって朝鮮がその地域の処分権を得て完全な領域主権を確立しているわけですから、韓国が「サンフランシスコ講和条約に拘束されない」などということはありえないと思いました。他にも請求権の問題とかありますからね。

    「SF条約に拘束されないことが日本から権原を割譲されたことを証明するわけではありませんから意味のない主張だ」というのは了解しました。ただ、これも掲示板を見ていると「(大韓民国は)独立と同時に領域主権を確立しているんだ。よってサンフランシスコ講和条約など関係ない。」などという人もいます。そして根拠の一つとして1951年12月12日に国連決議で国家承認されていることを持ち出してきます。これなどは政府の承認と領域主権の確定の話とは必ずしも同一でないことを理解していない発言だなと見ているのですが、この手の国際法に対する無知からなのか、それとも国際法を無視しているのか、そこのところはわかりませんけども妙な発言がゴロゴロしていますね。

    条約の個々の条文は素直に読め、もし疑問な点が出てきたら条約法に関するウィーン条約を参照せよ、ということで宜しいでしょうか。

    2010.3.3

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  69. [デスクコラム] ニューヨーク、独島広報への憂慮

    ASIA TODAY 2010-03-02
    http://www.asiatoday.co.kr/news/view.asp?seq=333333

      3月1日からニューヨーク・タイムズスクエア広場の広告看板に独島広告の映像が上映され始めた。歌手キム・ジャンフン氏と韓国広報専門家徐敬徳(34)氏の作品だ。彼らはもう何回もニューヨーク・タイムズ(NYT) などアメリカの有力新聞に独島と東海を知らせる全面広告を載せたことがある。ネチズンたちもこれに呼応して有志の募金運動を展開したりした。

     政府レベルの外交でも独島は優先的な順位に置かれて来た。李明博大統領が2008年 8月、青瓦台に掛けられた地図を指で示して「ここが独島です(This is Tokdo island)」と言い、これに任期中最後に訪韓したジョージ・ブッシュ・アメリカ大統領が「あそこですか? 知っています(Is that?I know)」と肯定的に回答したことは、私たちの外交において独島問題が占める比重を象徴的に示している。
      当時、青瓦台はアメリカ地名委員会(BGN)が独島を「主権未指定地域」に変更したことに対して「外交総力戦」を広げて韓国へ原状回復させた。原状回復には「これ以上はない」と言う韓米首脳間の親密感が決定的な力を発揮した。

     政府の外交総力戦は、独島の「領有権」問題に対する適切な対応だという評価を受けている。同じ脈絡で民間レベルの独島広報も理解されている。しかし、民間レベルの広報は、ともすれば独島に領有権問題が存在するということを知らせる逆効果をもたらすという憂慮も存在する。
      日本の読売新聞は、2006年4月、韓国政府が独島に関する「静かな外交」を公式的に撤回して、どんな主権侵害行為も座視しないという「対日ドクトリン」を発表したことについて、「歓迎する。独島問題を国際司法裁判所で判断できるようにしよう」という主旨の社説を載せたことがある。これは、日本政府が独島を「領有権紛争がある地域」として国際社会に認識させようとする努力とともに国際司法裁判所に提訴しようとする動きを見せて来たことと脈絡を同じにする。

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  70.   独島の領有権問題を世界的に公論化すれば自分たちに有利だと確信している日本政府としては、私たちの民間レベルの独島広報は嬉しいことに違いないだろう。日本政府の予算を一銭もかけずに独島領有権問題が存在するということを知らせることができるわけだ。

      日本政府レベルでは、独島は、ロシアとの北方領土問題、中国•台湾との尖閣列島問題に続いて3番目位の重要度を持っているものと判断される。また、独島は80年代までならば日本国民に忘れられた島だったし、今でも私たちほどに主要な関心事ではない。独島が日本社会で話題になるのは、日本の右翼政治家たちの「妄言」に対する韓国側の反応が言論を通じて報道される時だ。韓国のイシューが日本に報道されることで、自然に日本国民の関心が高くなって政府次元の対策を要求する右翼たちの声が強まるメカニズムが作動する。日本の右翼たちの外角攻めが効果を発揮するのだ。

      領土問題は一国家の国益と自尊がかかっている敏感な事案だ。どこの政府も領土に対する主権を放棄しては存立することができない。実際、領土問題が戦後処理過程の一環以外の形で解決された例はほとんどない。アジア重視の外交を標榜して新しい韓日関係を構築しようとする鳩山政府が韓半島に対する日帝強制占領は反省しながらも独島に対する領有権問題で譲歩することができないことも、そういう脈絡で理解することができる。民間レベルの独島広報が、韓国人として大韓民国という政治的、文化的、血縁的共同体に対する愛情の一表現であることは疑わない。ただ、その逆効果も念頭に置かなければならない現実を指摘したい。
      民間次元の独島広報は、個人的には正義感という道徳的善意から出発し、それが自分が属する共同体への愛情という点で大義としての意味を持つ。しかし、道徳的善意は個人の経験に基づいているもので、窮極的には主観的であるしかない。結果というものは、偶然的要素まで一団となって幾多の変数が作用して現われる複合的現象だから、主観的善意だけでは良い結果を担保することができない。善意による最初の意図とは違うことだと言っても、良くない結果に対して兔罪符は与えられない。独島広報が善意のとおりに肯定的な成果を出すことを祈りながらも、心配が先に立つ理由だ。



    2010.03.03

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  71. chaamieyさん

    翻訳有難うございます。

    ”独島の領有権問題を世界的に公論化すれば自分たちに有利だと確信している日本政府としては、私たちの民間レベルの独島広報は嬉しいことに違いないだろう。日本政府の予算を一銭もかけずに独島領有権問題が存在するということを知らせることができるわけだ。”

    ま、その通りなんですけどね。アホの坂田もとい、ホサ…某氏といい、金文吉氏といい、あんまり意味不明のことばっかり主張されると、ひょっとして彼らは日本政府の手先なのでは…と疑ってしまいます。でも、この辺韓国の中でも色んな闘争があるんでしょうね。

    以前似たような記事があったので、紹介します。

    独島:「米紙への広告掲載、方法を再考すべき」
     魚拓

    "美 신문에 독도 광고 내는 일 재고해야"

    ニューヨーク・ニュージャージー韓人有権者センター理事キム・ドンソク氏
    独島

     「独島(日本名:竹島)領有権問題に、米紙に広告を出す方法でアプローチするのは問題があると思います。明らかに韓国領ではないですか。ですから、黙々と追加の文献を確保し、資料を提供する方法でアプローチすべきです」

     米ニューヨーク・ニュージャージー韓人有権者センターのキム・ドンソク理事(52)は、独島問題について、もう少し慎重にアプローチする必要があると主張した。

     同氏は2008年、米議会図書館で起きた独島地名変更問題を例に挙げた。「当時、議会図書館の担当司書に会いました。その人が地名変更を進めるきっかけとなったのは、米国の新聞に掲載された韓国の独島広告だったそうです。“あ、これは紛争地域なのか”、こう考えて中立的な名前である“リアンクール岩礁”に変えようとしたということです。韓国領を必死に“韓国領”だと強調したため、むしろ逆効果を生んだわけです」

     同氏は広告を推進する人々の情熱はありがたいが、広告料ほどの効果があるかは疑わしいと語った。「広告が載るだけで、記事にはなっていません。その間に日本は声を上げず、自らの観点で書いた近現代史を米国の各図書館に送りました」

     同氏は米下院で、日本軍の慰安婦問題に対する非難決議を引き出したことがある。

     同氏は「慰安婦決議は、誰もが認めざるを得ない人権問題に触れたため可能でした。日本の侵略性を浮き彫りにし、米国人も共感するしかない問題を集中的に提起して日本をけん制すべきです」と注文した。同氏は先月末、17年間務めてきたニューヨーク・ニュージャージー在米韓国人有権者センター所長を退任した。「全国的レベルで韓国系住民の政治力を高めなければなりません。イスラエル公共政策委員会(AIPAC)のように力ある組織が生まれれば、米国国内の韓国系住民の権利はもちろん、祖国との円滑な関係にも寄与することができます」

    ニューヨーク=朴宗世(パク・チョンセ)特派員
    朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

    こんなのもありました。2/23に島根県民に領土紛争の事実を広報してたんですね。

    韓国の市民団体、島根県の地方紙に23日、独島関連意見広告
    (連合ニュース 2月19日)(「福岡発 コリアフリーク」のヲタクさんから教えて頂きました。)

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  72. oppさん

    「征服の権原」とあったので正直ドン引きしてしまいました。。。。。どうもoppさんの法理論では、「衡平と善」が全く考慮されていなようです。。
    そんなにガチガチに固めても、もし韓国が国際司法裁判所規程38条第2項「衡平と善」に基づき裁判することを要求してきたら日本としては立場上同意しないわけにはいかないように思われ、結局意味がないように思います。。。

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  73. Yabutaroさん
    領域主権の国際法は時際法です(PALMASの判例参照)。征服の権原が不法となったのはWW1以降というのは定説だと思います。例えばこんなんとか。
    http://www.amazon.co.jp/Right-Conquest-Acquisition-Territory-International/dp/0198280076
    Sharon Korman shows how the First World War prompted the reconstruction of international law and the consequent abolition of the title by conquest.
    法の遡及は世界の法的安定性を著しく毀損します。あちこちで領土や資源をめぐりドンパチが始まるでしょう。個人的に国際法にドン引するのは自由でしょうけど、それをもって遡及を可能とする証明にすることはできないです。

    >立場上同意しないわけにはいかないように思われ
    「わけにはいかない」理由がさっぱり理解できません。韓国もこれまで「国際法」に立脚した主張(自称)をしていますし、「衡平と善」を持ち出した時点で国際法における主張の弱さを露呈させるだけですので韓国にとっても選択しにくいオプションだと思います。韓国に限らず国際法が確立している領域主権の問題で、「衡平と善」に立脚した主張をした例も知りませんし、そもそも論として国際法が確立してない分野のエクスキューズが本来の目的ですし、「衡平と善」がyabutaroさん主張の1905年に辿り着くというロジックもよくわかりませんし、それを証明できないと思います。

    さて、「1900年以来、国がなくなっても連合国が占領してもずっと竹島は韓国領だった」と韓国が主張した時のハードルを考えてみました。
    ・ 1900年の勅令の石島が竹島であることの証明
    ・ 征服の権原が1905年時点で既に不法という慣習法が成立していたことの証明(1905年島根編入の無効化)
    ・ 日韓併合条約が無効であったとことの証明(併合が合法となると、竹島だけでなく大韓帝国全体の権原を日本が継承したことになる)
    ・ 取得時効(日本の継続的平和的な実効支配の権原)は権原にならないことの証明
    ・ 戦後の韓国のSCAPINやSF条約、カイロ宣言等を根拠にした主張の撤回及びそれがエストッペル違反でないことの証明
    「併合条約有効」なんて判決されると韓国の建国の精神さえ脅かされかねません。韓国にとっても百害あって一利無しの主張のような気がします。なお、韓国がやたら侵略を強調しようとするのは、「カイロ宣言の暴力により略取した土地→SF条約で放棄」という条約法の文脈が発端ではなかったのかなと思ってます。

    Makotoさん
    ウィーン条約法条約のどこまでSF条約の解釈に援用できるかはよくわかりません。ほとんど大丈夫だと思いますがそれを証明できないです。31条や32条の解釈にいついてはシパダン島だけでなく、東グリーンランドでも同様な解釈方法がとられています。ウィーン条約法条約の草案とかハーバードにおける国際法学者の宣言とかから類推するしかないでしょうけど。このあたりの経緯については坂本茂樹先生の『条約法の理論と実際』が詳しいと思います。
    なお、「独立=国境確定」ではないことは、ブラウンリーも書いていたと思います。

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  76. opp さん

    oppさんの文章には不審な部分があります。それはoppさんが1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であった場合の「征服の権原による竹島領有権」について国際司法裁判所の判断は間違いなくこのようなものであると断定的にお書きになっているという点です。
    私の知っている国際法の知識にはこのようなものがあります。

    ・国際司法裁判所の判決には多数派の意見に対して個別意見、反対意見を表明する判事がしばしば登場する。国際法が確立しているはずの領域主権の問題が争われたペドラブランカ島のケースでも少数意見が存在している。
    ・過去に多数派の意見と少数派の意見が逆転して判例が入れ替わってしまったことがある。
    ・国際法に精通しているはずの高名な国際法学者の間においてすら国際法上の解釈が食い違ってしまうことがしばしば見受けられる。

    この三つの点から私は国際司法裁判所の判決には流動的な要素がかなり含まれていて完全に予測するのが困難であるように思います。多数派の判例や法理論を元に予測しても、もっとも蓋然性の高い予測しかできないはずです。
    無主地占有の権原による竹島領有権についてはこれまでに多くの学者によって語られていますからそれを参考にすればよいのですが、征服の権原による竹島領有権について語った学者はいそうにありません。
    にもかかわらずopp さんは断定的にお書きになっています。流動的なはずなのに断定的になっているのが不審な部分です。私はこれがopp さんの見解にたとえ無意識的なものであっても何らかのバイアスがかかっている可能性を示唆しているのではないかと推測しています。
    oppさんの見解は客観的に考えて国際司法裁判所の判事が出すであろう見解ではなく、oppさん自身が国際司法裁判所の判事なら主張したい意見のように思います。
    ちなみに分かるわけない事柄に対して好き勝手に解釈して、これこそドクトが韓国領である証拠であるなどと断定的にのたまっている韓国の学者にも私は同じ判断をします。

    もう一つ問題なのはoppさんの見解を受け入れることで日本側がかえって不利になる可能性があるからです。「征服の権原による竹島領有権」を持ち出した時点で国際法における主張の弱さを露呈させるだけですので日本にとっても選択しにくいオプションだと思います。
    常識的に考えていくら日本側があの手この手で呼びかけても韓国が国際司法裁判所での審判を受け入れるとは思えません。現状では韓国には国際司法裁判所での審判を受け入れなくてもよいことが国際法上認められているからです。
    このような状況下で「征服の権原による竹島領有権」なんぞを持ち出して日本の法的権原を強化しても全く絵に描いた餅にすぎません。韓国が受け入れるはずがありません。。
    となると日本は第三国に韓国の行為がただ単に違法であると主張するだけでなく「衡平と善」に反するものであることをアピールして強制的に受け入させることができるような措置を新たに講じてもらうのがよいように思います。
    しかしながら日本の行為が「衡平と善」に反するものであるならば第三国が日本の利益のために働いてくれるとは私には思えません。韓国の行為がたとえ「違法」であったとしても。。
    法律問題はともかくとして、他人から奪った土地を奪い返されたからといって、奪い返された土地を取り返すために裁判所に訴えるという行為は「衡平と善」に反するとしか思えません。

    そもそも1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であると言える状態にあった可能性はほとんどないわけで、ほとんどない状況下でも勝てるような論理を主張することによって第三国にドン引きされてしまうのは戦略上正しくありません。。。


    残念ながら私には国際法の知識が乏しいのでこの場でoppさんの見解に有効に反論することができません。
    しかしながら社会心理学の用語に「全会一致の幻想」というのがあります。これとかこれとかこれとか。

    「征服の権原による竹島領有権」のようないままで全く論じられていない事についてただ一人oppさんが強硬に主張しているようなケースでは、同じグループの他の人間はそれに対して異論を差しはさむことに消極的になってしまいます。
    なぜならいままで全く論じられていなかったためにそのようなことに対処する準備が全くできていないのでだれも有効に異論を差しはさむ自信がないからです。
    そのような状況下で「異論が無い事とは賛成を意味する」と間違って認識されて全会一致の状況が作られてしまうと、本当は正しくないのにもかかわらず、oppさんの見解が正しい見解であるという認識がネトウヨの間に広まって世論に誤った影響を与えてしまう可能性を私は危惧しています。。
    韓国の学者によるインチキドクト教もそのようにして生まれ「進化」し「発展」していったのであろうと私は考えています。

    だからこそ私は少なくとも今の時点ではoppさんの見解に対して事情が良く分からなくてもとりあえず強硬に反対しておくのが正しい行動でであると確信します。
    この件については専門家によるセカンドオピニオンあるいはサードオピニオンを確認してから改めて議論すべきと考えます。oppさんの見解とセカンドオピニオンサードオピニオンが同じものであるならばoppさんの見解が正しいと確認できます。
    もし私の考えが邪推にすぎずoppさんの見解が正しいものでものであるならばごめんなさい。。。しかしながら私の行為はバイアスを廃して正しい選択をするための学術的に確立された方法論に則っているものであることを理解していただけると幸いです。

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  77.  外務省は、定義をすることなく「固有領土」の文言を使用しています。すると、無学浅才の私にも、「固有領土」の解釈をすることができます。私は、カイロ宣言に言う「暴力及貪欲に依り日本国の略取したる他の一切の地域」に相当しない地域、即ち、日本が正当な理由により領有している地域が「固有領土」であると考えています。ここで言う「正当な理由」とは、SF条約締結時の法理に照らして正当な理由が存するという意味です。

     ポツダム宣言を受諾した日本は、「カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルベク」に拘束されるので、「暴力及貪欲に依り日本国の略取したる他の一切の地域」の領有を、SF条約で主張することはできません。
     私は、日本が侵略により取得した領土は、SF条約の解釈原則である「ポツダム宣言」「カイロ宣言」により領有できないと思います。法の不遡及性は関係ないと思います。

     尚、「暴力及貪欲に依り略取したる地域」なんてのは、いい加減な原則であり、執行者の力加減でどうにでもなるものです。例えば、カイロ宣言は「前記三大国は朝鮮の人民の奴隷状態に留意し軈て朝鮮を自由且独立のものたらしむるの決意を有す」なんて言ってますけど、これは1870年代から日本が朝鮮に対して持っていた決意と同じですよね。

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  78. >opp さんの見解にたとえ無意識的なものであっても何らかのバイアスがかかっている可能性を示唆
    >oppさん自身が国際司法裁判所の判事なら主張したい意見のように思います。
    >ドクトが韓国領である証拠であるなどと断定的にのたまっている韓国の学者にも私は同じ判断をします。

    Yabutaroさん
    人にレッテルを貼って揶揄する前に、一度ご自身を振り返るべきではないでしょうか。

    ①SF条約22条における「解釈」及び「当事国」の拡大解釈による錯誤無効
    ②ヴァンフリート報告書等を用いた22条の拡大解釈
    ③SF条約の解釈から離れ第三国の権利侵害への方針転換
    ④再びSF条約22条
    ⑤国際法から離れ、衡平および善
    ⑥国際法は変わるかもしれない(時際法の否定)

    Yabutaroさんがこれまで行ってきたのは、根拠を提示しては間違いを指摘され、また新たな根拠を探し求めることの繰り返しです。「1905年時点の権原が法的な意味を持つ」という結論をそれこそ断定的に先にもってきたためこのようなダッチロールに陥ってしまうわけです。

    >私の行為はバイアスを廃して正しい選択をするための学術的に確立された方法論
    >に則っている

    結論を先に固定化し、その根拠を「数打ちゃあたる」式に探す方法も、確率論として学術的に確立された方法論といえないこともないかもしれませんが、相手を疲れさせるだけで説得力はありませんし、とても「バイアスを廃した」姿勢とは思えませんがいかがでしょうか。「oppさんの見解を受け入れることで日本側がかえって不利になる可能性がある」といった発言もバイアスがかかっていることを自白しているのと同じです。そして、ダッチロールの結果、たどり着いたyabutaroさんの結論が、

    >「衡平と善」に反するものであることをアピールして強制的に受け入させること
    >ができるような措置を新たに講じてもらうのがよい

    です。「1905年以前の話は法とは切り離された問題として道徳や正当性といった観点で意味がある」と最初から私は指摘しています。「衡平と善」という国際法とは異なる基準を持ち出していることもあわせて考えると、やっとyabutaroさんに私の主張がご理解いただけたのかなと思います。
    なお、領域主権の問題に「衡平と善」を持ち出す学者も裁判を知りません。個別案件でなく一般論としても知りません。「征服の権原による竹島領有権について語った学者はいそうにありません」や「いままで全く論じられていない事についてただ一人oppさんが強硬に主張しているようなケース」とのご自身の発言との整合性も考慮されたほうがよろしいのではないでしょうか。時際法及び征服の権原に関しては、また後日反論させていただきます。といっても、漠とした状況証拠からのあて推量でしかなく、反論すべき論理が見あたらなくて困ってるんですけどね。

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  79. take_8591さん
    > ポツダム宣言を受諾した日本は、「カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルベク」に拘束される
    >ので、「暴力及貪欲に依り日本国の略取したる他の一切の地域」の領有を、SF条約で主
    >張することはできません。
    日本が主張するのではありません。「暴力及貪欲に依り日本国の略取したる他の一切の地域」について我々(連合国)が決定し、日本に放棄を要求するわけです。そして、その要求に基づき放棄することを日本は約したわけです。
    「八 「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」
    です。そして、結果的に竹島放棄を連合国は要求しなかった。このため、処分権も日本から移転していません。ブラウンリーが「SF条約によって日本が連合国に処分権を移転した」とするのも同じ理由でしょうね。日本が放棄してないのに放棄させるのは、それこそ「征服の権原」の復活です。

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  80. oppさん


    「数打ちゃあたる」式にoppさんにいちゃもんをつけているのはoppさんの見解が信頼にたるものかどうかを確認するためです。
    何がしかの新しい主張を受け入れる際にはあらゆる可能性を検討してそれが妥当かどうかを検証するのは当然ではないでしょうか。

    1953. 12. 9のアメリカの内部文書にの記述、

    ”US view regarding Takeshima simply that of 1 of many signatories to treaty. Article 22 was framed for purpose settling treaty disputes.”

    この文章は当時のアメリカ政府は韓国にも第二十二条が適用されると考えていたとしか解釈できません。にもかかわらずoppさんの解釈は違っています。

    また小田滋前国際司法裁判所判事はこのように語ってます。

    ”所詮、領土・領域を争う裁判は司法裁判はというよりは、なにを衡平とするかを決める一種の仲裁裁判で、ICJの小法廷や最初から第三国にはいってもらう仲裁裁判がふさわしいと思います。”

    「インタビュー 小田滋前国際司法裁判所判事に『竹島』問題を聞く」  
    http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima04/

    小田氏は”領土を争う裁判はなにを衡平とするかを決める一種の仲裁裁判”と語っているのに、oppさんの主張は”領域主権の問題に「衡平と善」を持ち出す学者も裁判を知りません。”であり全く正反対です。

    当事者の認識とoppさんの見解が食い違っているのであれば、oppさんの見解にバイアスがかかっている可能性を想定してしかるべき対応をするのがそんなに間違っていることでしょうか。

    おそらくoppさんもよく考えて話をまとめるだけの十分な時間がなかったのではないでしょうか。この問題についてはもう少し時間を置いてから改めて議論すべきと考えます。

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  81. >”US view regarding Takeshima simply that of 1 of many signatories to treaty.
    >Article 22 was framed for purpose settling treaty disputes.”
    >第二十二条が適用されると考えていたとしか解釈できません。

    そもそも22条の当事国とは署名国であり、日本が同意していない以上韓国が含まれるという解釈は成立しません。「1 of many signatories」ですから、他の署名国の存在を消す必要もないです。

    >”所詮、領土・領域を争う裁判は司法裁判はというよりは、なにを衡平とするかを決める一種の仲裁裁判で、ICJの小法廷や最初から第三国にはいってもらう仲裁裁判がふさわしいと思います。”

    「衡平と善」と「衡平の原則」は違うんですけど・・・・・

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  82. yabutaroさんへ
    このあたりがいいかな。

    http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/11288/1/ronso0920500360.pdf
    かかる衡平の概念の区別は、一九三七年の国際法学会の決議および一九六九年の北海大陸棚事件における国際司法裁判所の判決によって確認され適用されてきたものである。それは法に属し、法の誠実な適用から逸脱することなく法の正しい適用の固有の要講としての衡平と、国際裁判所が当事者の明示の合意によって現行法に拘束されることなく判決を下す権眼を与えられた場合においてのみ援用されうるにすぎない衡平(衡平および善)との区別である。ウィーン条約の基礎をなしている衡平の原則は前者の意味における衡平である。

    小田氏は、「法の支配」「法による解決」としています。小田氏が援用しているエルサルバドル対ホンジュラス国境紛争も普通に国際法に基づき判決がなされていたと記憶しておりますが。「他人の信頼性の検証」の前に、「自分の主張の信頼性」が問われており、その立証のための根拠が「ころころ変わっている」ことを理解されたほうがいいと思いますね。

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  83. oppさん

    単刀直入に一つだけ伺います。
    もし小田氏が国際司法裁判所の判事であったなら、たとえ1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であった場合でも、「法の誠実な適用から逸脱することなく法の正しい適用の固有の要講としての衡平」に従って、征服の権原による日本の竹島領有権の成立を認めて竹島を日本領であると審判すると断言できますか?
    もうこうなったら小田氏に直接意見を伺ってみないと解決できないような気がしてきました。。。

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  84. ちょっといいですか?

    「衡平および善」って何ですか。国際法学会編の『国際関係法辞典』(三省堂)を見てみましたが、いまひとつピンとこないんです。これがわからないと、yabutarouさんがこれにこだわっている理由が、理解できないように思います。yabutarouさんでもoppさんでも構いませんので、お忙しいところ恐縮ですが、解説していただければ幸いです。

    2010.3.8

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  85. oppさん

    大変申し訳ありません。上の書き込みは適切ではありませんでした。訂正させてください。

    もし小田氏が国際司法裁判所の判事であったなら、たとえ1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であった場合でも、「法の誠実な適用から逸脱することなく法の正しい適用の固有の要講としての衡平」に従って、日本の竹島領有権の成立を認めて竹島を日本領であると審判すると断言できますか?

    1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であった場合においても日本の竹島領有権の成立を認める権原は「征服の権原」ではなく「無主地先占の権原」でも他のどのような権原でもかまいません。

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  86. 本質を理解せず視野狭窄に陥っていることを示す良いご質問ですね。「征服の権原」は、韓国が1905年以前までに遡った主張をする場合の仮定の話であり、韓国が立証しなければならない1つの事項として提示しています。仮に韓国が日本の過去のいかなる権原取得も認めない主張をした場合の判決として様々な可能性があります。

    「韓国はアメリカ国務省に対してポツダム宣言受諾時に放棄したと条文修正を要請するように書簡を提出した。これは既に日本が取得していた権原をポツダム宣言時に有しておりそれを放棄したという認識を示す。また、この書簡に対してアメリカは「ポツダム宣言で放棄したとする法解釈は困難、ただしポツダム宣言に遡及できるように検討する」と回答しており、この回答に対しても異議を唱えていない。これを翻してポツダム宣言受託直前に日本が竹島の権原を有していないという韓国の主張はエストッペルに反する。よって、ポツダム宣言以前の事実を検討する必要はなくポツダム宣言受諾以降に日本が竹島の権原を韓国に継承したかどうかのみを検討すればよい」

    「韓国は連合国のSCAPINを根拠にした主張をしているが、SCAPINは日本を主権者とした上でその統治の最高権力を連合国最高司令官に付与したものであり、日本の主権が前提となっている。。。。以下、上とほぼ同じ」

    「仮に1905年の日本の手続きに瑕疵があったとしても併合条約にて日本は権原を取得しており、それ以前のことを検証することはなく、SF条約でその権原が韓国に継承されたかどうかのみを検討すればよい」

    「仮に1905年の日本の手続きに瑕疵があったとしても、その後の平和的・継続的な実行支配にて日本は権原を取得しており、それ以前のことを検証することはなく、SF条約でその権原が韓国に継承されたかどうかのみを検討すればよい」

    「仮に1900年の勅令が竹島だとしても、当時の国際法は列強が承認したかどうかが重要であり(第二次日韓協約に対するクロフォード教授の解釈)、日本の編入に対する列強の異議はなく実効的な先占による権原を取得しており、SF条約でその権原が韓国に継承されたかどうかのみを検討すればよい」

    「仮に1900年の勅令が竹島であり、1905年の先占が成立しないにしても、国際法上武力行使が合法であった時代であり*、時際法の原則に基づき日本海軍の望楼設置等による征服権原が認められる。このため、SF条約でその権原が韓国に継承されたかどうかのみを検討すればよい」
    *「国際法上武力行使が合法であった時代、行政行為による編入ではなく、むしろ武力を用いた強制的な措置によって竹島を編入したであろうことは想像に難くない」濱田太郎 法学研究論集第6号 明治大学大学院法学研究科

    「1900年の勅令に竹島が含まれていたことについて疑義のない証拠が提示されておらず、1905年の日本の手続きは合法であり、SF条約でその権原が韓国に継承されたかどうかのみを検討すればよい」
    等々。

    1905年以前の事実に立脚した権原(=日本及び連合国には竹島に関する処分権はなく韓国のみが有し、SF条約は無効とする主張)を韓国が主張するには沢山のハードルがありますから、判決の切り口はいくらでも出てきます。裁判所は1905年以前に遡って判断する必要すらありません。政治的なハレーションが大きい余計な判断を裁判所が忌避するなら、最初の案を選択するでしょう。そもそも韓国は、現在の権原としてはSCAPINに基づき連合国から継承したとしか主張しておらず、エストッペルがある限りそれを翻す主張は困難ではないでしょうか。特別法は一般法に優先しますから、ラスク書簡が判明する前は、SF条約の条文を「曖昧」とし、ポツダム宣言(で引用されたカイロ宣言)をSF条約の解釈の補足資料とすることで1905年に遡る意味があったのですが(take_8591さんのコメント参照)。ラスク書簡でSF条約の意味が明確となりその意義もなくなりかといってSCAPINやポツダム宣言、SF条約を無効にするとエストッペル。これら複数のハードルを鑑み、私は「国際法に基づき1905年までSF条約の解釈が遡るという話になると、それは法的には困難な主張」と言ったわけですし「1905年から続く「日本の平和的な実効支配」も権原となりますので、1905年にいきつく前にこれも無効としなければなりません。なお、1905年当時は征服の権原が有効な時代です。勅令の石島が竹島と証明されても無効とするのは厳しいでしょう」としたわけです。可能性は限りなく低いことを指摘はしていますが、『断定』してないことにも留意して下さい。
    どうもyabutaroさんは、自分の都合の良いように人の主張の一部分のみに固執しその意図を変更してしまうきらいがあるようです。SF条約22条の解釈においても、私はyabutaroさんの主張の問題点を複数提示しております。
    ・ 条約において条約の本文が最優先。通常の用語の意味において当事国は署名国を示す。
    ・ 「解釈」とは、条文に書かれた目的・意味を明らかにすることであり、条文に書かれていないことや条文が意図してない法的効果を創設する意味は含まれない。Yabutaroさんの22条の主張は、「SF条約の条項を無効とし、条約を改正させるor新たな条約を結ぶ」であり解釈の範囲を超えている。
    ・ 国務省の内部文章は、アメリカは一つの署名国としており、他の署名国を無視して韓国に適用されるという論理の証拠とはならない。

    他にもアメリカの内部文書に日本が同意してない(同意以前に公表されてない)こととかも指摘したかと思います。一方向及び一つの観点からだけで資料を眺めているから「この文章は当時のアメリカ政府は韓国にも第二十二条が適用されると考えていたとしか解釈できません。にもかかわらずoppさんの解釈は違っています」という『断定』をしちゃうわけです。単に語調を強めただけで、論理の補足する証拠の提示もなければ次に控えるハードル(条文が優先、公表されてない(日本が同意してない)、解釈の範疇を逸脱)にも気がつかない視野狭窄に陥ってます。
    「自分の主張の根拠をころころ変える、自らの主張の証明問題を人の信頼性の問題にすり替える、今回のようなありえない条件を前提とした質問を出す、人の主張の一部を主旨を違え強調する」。ディベートのテクニックとしてはありなのかもしれませんが中身がないです。
    なお、領域権原について「衡平と善」に基づき現行法を逸脱する基準で判断するのも非常に困難なものとなるでしょう。アフリカ諸国が「衡平と善」により、過去の奴隷拉致に対する損害賠償ができないことも同じです。人権問題については時際法の適用が緩和されているとされますが、その人道問題であっても強行規範を遡及無効とすることはできません。現実世界に対するハレーションが大きく法的安定性が損なわれますから。

    MAKOTOさん
    平たく言えば、「法がない若しくは現在の法はそぐわないので、良心にのっとり一方を利することなく判断してね」って感じですかね。

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  87. 本質を理解せず視野狭窄に陥っていることを示す良いご質問ですね

    大変申し訳ありません。視野狭窄に陥っていることに気がついたので書き直してしまいました。。
    よかったら改めてお答えいただけると幸いですがあまり無理する必要はありません。。。

    小田氏の立場ならOPPさんがお書きになったように判断するということでよろしいでしょうか。

    私に対する意見についてはこれから書きます。

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  88. 下らない突っ込みがあると嫌なので補足しておきますが、裁判所が歴史の流れに沿って逐一権原を検討する可能性もあります。しかしながら、その場合でも「1905年の先占、征服、1905年以降の継続的平和的な実行支配、日韓併合による割譲」等により日本が権原を取得しており(何れを選択するかは知「断定」しえません)、それ以前の事実が現在の権原に影響を及ぼすことはありません。だから、「1905年以前の事実に法的価値を見いだすのは難しい」ということになります。

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  89. Makotoさん

    私もWikipediaの「国際司法裁判所」の項目にある意味しか知りません。「法に反する衡平」とありますが、私はこれを一般的な「正義」の概念、あるいは「法に反してでも行われるべき正義」であると理解しました。
    日本の行為が正義でないならば第三国が日本のために協力するはずがない。そうであるならば韓国と裁判することができない。となると竹島が日本に帰って来ることはない。これが私の意見です。

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  90. oppさん

    お返事ありがとうございました。濱田氏の引用文とoppさんの説明の部分が、たとえ1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であった場合でも竹島を日本領であると小田氏が審判するであろう理由ということですね。
    私にはこれが正しいのかどうか分かりませんが、いずれ真相が明らかになる日が来るかもしれません。

    ただ一つだけ疑問点を指摘しておきます。日本政府は竹島の領有権原は「無主地先占の権原」であると主張しその旨を口上書で韓国政府に通告してきました。
    都合が悪くなったからといっていまさら「征服の権原」や「割譲の権原」を持ち出すのは反禁言(エストッペル)に抵触してしまうのではないでしょうか。


    次に私に対する問題定義についてお答えいたします。


    ・ 条約において条約の本文が最優先。通常の用語の意味において当事国は署名国を示す。

    「通常の用語の意味において」とありますがはたしてこれが「通常の用語」の意味なのでしょうか。ウィーン条約法条約は不遡及のはずです。
    繰り返しますが、該当文章は当時のアメリカ政府は韓国にも第二十二条が適用されると考えていたとしか解釈できません。日本が同意したどうかはアメリカ政府がどのように認識していたかとは全く係わり合いがありません。
    ラスク書簡は公表されてなかった(日本が同意してない)わけですが、同意してないなら無効になるのでしょうか。


    ・ 「解釈」とは、条文に書かれた目的・意味を明らかにすることであり、条文に書かれていないことや条文が意図してない法的効果を創設する意味は含まれない。Yabutaroさんの22条の主張は、「SF条約の条項を無効とし、条約を改正させるor新たな条約を結ぶ」であり解釈の範囲を超えている。

    以前私はoppさんにこのように質問しました。

    当事国Aと当事国Bの間に結ばれた条約が当該条約の第三国Cの正当な権益を侵害している場合に、第三国Cは当事国ABを国際司法裁判所に訴えて、国際司法裁判所の判決によって当該条約の全部または一部を無効にして第三国Cの正当な権益を維持することは可能でしょうか。

    これに対するoppさんの答えはこのようなものでした。

    第三国の同意のない権利侵害(条約法条約35条)や強行規範違反は、当然ですが無効となります。
    韓国がSF条約で権利の侵害を主張するには、yabutaroさんの言うところの「正当な権益」をSF条約前に取得していた必要がありますが、そのような事実はないように思います。唯一、竹島の正当な権益を与える可能性のあったSF条約で、韓国は権益を与えられませんでした。

    この文章は韓国が「正当な権益」をSF条約前に取得していなかったことを前提にして書かれていますが、もし取得していたらどうなのでしょうか。
    すなわち1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であった場合に韓国政府が事実認識の誤りによる第三国の同意のない権利侵害(条約法条約35条)や強行規範違反であるとして国際司法裁判所に訴えたらどうなるでしょうか。
    第三国たる韓国はSF条約における竹島の扱いに同意していません。アメリカが竹島を日本領にしたのは島根県編入の前に竹島が韓国領ではなかったと考えたからです。そうであるならば国際司法裁判所が条文の調印時の「解釈」にかかわらず、竹島を韓国領と判決を下す可能性だってあるのではないでしょうか。


    ・ 国務省の内部文章は、アメリカは一つの署名国としており、他の署名国を無視して韓国に適用されるという論理の証拠とはならない。

    これは全くの読み違いです。
    ”US view regarding Takeshima simply that of 1 of many signatories to treaty. ”

    「アメリカの見解は多くの署名国の見解のうちの一つに過ぎない」とあるのは「アメリカの見解すなわちラスク書簡の見解は署名国の見解のうちの一つに過ぎないのだから、アメリカ政府はラスク書簡の見解に固執してこの見解が実現するためにあれこれわずらわしいことに関わってまで手を尽くす必要はない」といった意味です。
    関連の内部文書の似たような表現の部分も参考にしてください。


    なお領域権原について「衡平と善」を持ち出したのは現実に韓国が竹島を占拠しており、「衡平と善」を第三国にアピールしなければ竹島は帰ってこないと考えたからであり、アフリカのケースは全く当てはまりません。

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  91. "平たく言えば、「法がない若しくは現在の法はそぐわないので、良心にのっとり一方を利することなく判断してね」って感じですかね。"

    oppさん、簡潔にして的を射た解説ありがとうございました。

    「あんじょう(塩梅良く)やりなはれ」って感じなのですね。「法がない若しくは現在の法はそぐわない」という前提があるわけですが、とすると領域主権について「衡平と善」の考え方が適用される可能性は極めて低いように思われます。というのは、今日でこそ人権やら環境やらまでその範疇としている国際法ですが、元々は国家間の主権の衝突を調整するものでした。わけても領域主権の調整については長年の積み重ねがあり、法がないという状況にないからです。

    たとえば、1928年に仲裁裁判の判決が出ているパルマス島事件では、

    1)平和的かつ継続的に行われた実効的支配は、発見の権原に優越する
    2)隣接性は領域主権確定の要因とはならない

    といった考え方が示されており、これは後の領土問題の国際司法の場で何度も参照されています。

    この他にもマンキエ・エクルオ事件とか東部グリーンランド事件とか参照されている国際裁判は数多くあります。もちろん個々の国際裁判が他の案件を拘束することはありません。しかし、何度も参照されていくうちに法として認められていきます。

    ということで、「衡平と善」を持ち出す必要はないのではないでしょうか。

    2010.3.9

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  92. >日本領であると小田氏が審判するであろう理由
    小田氏以外に小田氏の考えがわかる人はいない。人に無理な前提条件を設定した逆質問をして立場を入れ替えるな。くだらない。小田氏が「衡平と善」を適応しうると言っていると主張した側が証明するのが当然。ICJのシパダンの判例で小田氏が声明を出しているから、「衡平と善」について述べているか調べればいい。

    >「征服の権原」や「割譲の権原」を持ち出すのは反禁言(エストッペル)に抵触してしまう
    それが日本の法的立場を改善するのか。過去の事実にそって粛々と個別に判断されるだけ。仮にSF条約前に韓国が権原をもっていたとして、韓国はアメリカに錯誤を起こさせたことになる。自ら錯誤に要因を作り、SF条約に影響を与えた後に、法的地位の改善のために撤回するのはエストッペル違反。

    >この文章は韓国が「正当な権益」をSF条約前に取得していなかったことを前提にして
    >書かれていますが、もし取得していたらどうなのでしょうか。
    その仮定を成立させるための沢山のハードルについて具体例をあげて提示してきた。いったい、今まで何の議論をしてきたと理解してるんだ。「1905年以前の事実に立脚した権原(=日本及び連合国には竹島に関する処分権はなく韓国のみが有し、SF条約は無効とする主張)を韓国が主張するには沢山のハードルがあります」とちゃんと書いてる。

    >三国の同意のない権利侵害(条約法条約35条)や強行規範違反
    22条の「解釈」の範疇外。上の沢山のハードル。

    >これは全くの読み違いです
    勝手に断定してもなんの根拠にもならん。

    >「衡平と善」を第三国にアピールしなければ竹島は帰ってこないと考えたから
    >であり、アフリカのケースは全く当てはまりません。
    遡及無効にしないなら、私の「1905年以前の話は法的な意味はなく正当性の問題」そのもの。これに反発して「衡平と善」とか持ち出したんじゃないのか。一体何がしたいんだ。

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  93. oppさん

    私は以前このように書きました。

    ”oppさんの見解は客観的に考えて国際司法裁判所の判事が出すであろう見解ではなく、oppさん自身が国際司法裁判所の判事なら主張したい意見のように思います。”


    私は知りたかったのは客観的に考えて国際司法裁判所の判事がたとえ1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であった場合でも竹島を日本領であると審判するかであってoppさんの個人的見解ではありません。
    私はoppさんと論争したかったわけでも言い負かしてやろうと思っていたわけでもなくて、oppさんの見解が客観的な見解なのか単なる個人的見解に過ぎないのかを確かめたかっただけです。
    「小田氏以外に小田氏の考えがわかる人はいない。」という文章を読んでoppさんの見解が単なる個人的見解に過ぎないのがよく分かりました。
    わたしは法律は専門外なのでoppさんの見解が正しいかどうかはセカンドオピニオンを確認してみたいと思います。ここまで付き合っていただいてありがとうございました。





    と本当は私はここで打ち切りたいわけですが、「衡平と善」については説明しておかなければなりません。

    ”遡及無効にしないなら、私の「1905年以前の話は法的な意味はなく正当性の問題」そのもの。これに反発して「衡平と善」とか持ち出したんじゃないのか。一体何がしたいんだ。”

    「これに反発して」とありますが私自身がoppさんの見解が正義や倫理や道徳に反すると考えたから反発したわけではありません。
    第三国がoppさんの見解が正義や倫理や道徳に反すると考て反発するのではないかと憂慮しているわけです。第三国の協力がなければ韓国を国際司法裁判所に引きずりだすことができないのではないでしょうか。裁判ができなければ法律の解釈がどうあれ意味ありません。
    私は韓国と「衡平と善」に基づいて裁判すべきと主張しているわけではありません。そんなことは私は書いていません。
    第三国の協力を得るためには第三国に日本の行為が正義や倫理や道徳すなわち「衡平と善」に反していないことをアピールし、韓国の行為が正義や倫理や道徳すなわち「衡平と善」に反していることをアピールするのがよいということです。

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  94. >私は知りたかったのは客観的に考えて国際司法裁判所の判事がたとえ
    >1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であった場合でも
    >竹島を日本領であると審判するかであってoppさんの個人的見解ではありません。

    途中段階の断面でぶったぎって立場の転換をはかろうとするのね。それで逃げるしかなんだろうけど。根本はSF条約22条の適用し法的に1905年に遡るというyabutaroさんの「個人的見解」の立証の問題。「個人的見解」を否定するのであれば、裁判の判決として立証してくれ。

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  95. oppさん

    「個人的見解」を否定するのであれば、裁判の判決として立証してくれ。

    oppさんの「個人的見解」を現時点で否定しているわけではありません。バイアスがかかっている「かもしれない」のでセカンドオピニオンを確認すべきと訴えているだけです。
    繰り返しますがもし私の考えが邪推にすぎずoppさんの見解が正しいものでものであるならばごめんなさい。。。しかしながら私の行為はバイアスを廃して正しい選択をするための学術的に確立された方法論に則っているものであることを理解していただけると幸いです。

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  96.  管轄権が誰にも与えられておらず、判決も出てない以上、すべてが個人的見解。
    小田氏だって小和田氏だって裁判の帰趨を「断定」なんかできまい。
    「他人や自分が管轄権を有さない機関の立場にたって断言しなければなければバイアスがかかっているものとみなす」という不可能な前提条件をベースにする方法論があるのですか。ではそのyabutaro流方法論がyabutaroさんのバイアスがかかってないものかどうかをyabutaro流方法論に基づいて検証してみましょう。当該方法論について以下の質問にお答え下さい。

    1.誰が唱えている方法論でしょうか。論文も提示下さい。
    2.その方法論が権威のある機関に学術的であると断定されている若しくは権威ある機関であれば学術的であるとされると断言できることを証明下さい。


    この方法論がバイアスがかかってないことが証明された後にyabutaroさんのSF条約22条解釈がyabutaroさんのバイアスがかかっていないか検証するとしましょう。

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  97. 1.誰が唱えている方法論でしょうか。論文も提示下さい。
    2.その方法論が権威のある機関に学術的であると断定されている若しくは権威ある機関であれば学術的であるとされると断言できることを証明下さい。


    私は以前このように書きました。

    ”社会心理学の用語に「全会一致の幻想」というのがあります。これとかこれとかこれとか。”

    私はこの文章に関連するサイトへのリンクを張っておいたわけですが、読んでいただけましたでしょうか。ちゃんとかいてありましたよ。。

    私が用いたのは「Devil's advocate 」と呼ばれる手法です。「Devil's advocate 」で検索してみてください。

    名古屋大学 情報科学研究科 教授 戸田山和久氏の文章を載せておきます。


    コラム:devil's advocateを演じてみよう

    表情に乏しい若手俳優キアヌ・リーヴスと名優アル・パチーノが出演した「ディアボロス」という映画をご存知だろうか。まだ観ていない方は、ずっと観なくていいです。この映画の出来はここでの話題に関係無い。この映画の原題は「The devil's advocate」と言う。なぜ日本の映画配給会社はアホな邦題をつけたがるのかということもここでの話題には関係無い。devil's advocateというのは、ローマ・カトリックで教義を定めたり改定する際に、意図的にその教義に反対の立場(すなわち悪魔の立場)をとることによって、その教義の正当化の議論の隙をチェックし、より強い議論に支えられた教義に鍛え上げていくことを目的として任命される役割、つまりは悪魔の代理人のことを指す。映画では、キアヌ・リーヴス演じるところの辣腕弁護士が、まさに白を黒と言いくるめるdevil's advocateぶりを発揮していた。
    devil's advocateがおもしろいのは、それが相手の主張の論駁を目指したものではなく、ターゲットとなる主張をより正当化され、より強いものにすることを目的としているという点だ。相手の主張を批判することがすなわち、相手を攻撃し、傷つけることだと感じ、怖くて批判ができない学生(学者も、だったりして?)に対して、生産的批判というものがあるということを理解させるのに、この方法は有効ではないかと思う。何よりも、呼び名が気が利いている(などと言ったらカトリックの人に怒られそう)。「君の主張はおもしろいね。しかし、論拠がまだ弱いから、私はここであえてdevil's advocateの立場に立ってみよう。目的は君の主張を鍛えることであって、それをつぶすことではないからね。」という具合に、devil's advocateの役割を演じているのだぞ、ということを強調しつつ批判を行うことで、自分は間違っているわけではない、という安心感を与えながら、学生に「批判する」、「批判に答える」ということがどういうことかを理解させることができるだろう。
    (情報文化学部・戸田山和久)

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  98. Yabutaroさんはご自身のコメントをお忘れになり、私の質問の意味をよく理解されていないようですね。私は「不可能な前提条件をベースにする方法論があるのですか」と書いております。Yabutaroさんは、私に「小田氏の立場になって裁判の判決を断言しろ」とおっしゃったわけです。例えばこれです。
    もし小田氏が国際司法裁判所の判事であったなら、たとえ1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であった場合でも、「法の誠実な適用から逸脱することなく法の正しい適用の固有の要講としての衡平」に従って、日本の竹島領有権の成立を認めて竹島を日本領であると審判すると断言できますか?
    「法においてそのように審判される可能性は極めて高い」とは言えます。しかしながら、将来のことを断言し立証することは誰にもできません。証明されるのは、将来小田氏がICJの判事となって判決を下した場合であり、よほどのことがない限り小田氏が再びICJの判事になることはないので将来的にも可能性はほぼ0でしょう。則ち、このyabutaroさんの質問の答えは現世において存在しません。
    さて、それではYabutaro流のDevil's advocateの立場で質問させていただきます。
    1.回答が存在しない質問は戸田山和久がいうところの「生産的批判」に該当するのでしょうか。
    2.「1.」の回答について戸田山和久氏がそのような判断をし学会も支持すると断言できますか?また、それを証明してください。

    もし、上記ができない場合は、yabutaroさんが行ったのはDevil's advocateではなく、Devil's advocateを逸脱した個人的方法論とさせていいただきます。また、「22条を持ち出す→解釈とは関係ない第三者権益を持ち出す→22条に戻る」といった千日手的な繰り返し手法も「生産的批判」と断言できるのかも知りたいです。なお、家にあった小和田氏の著作を読みました。小田氏が「衡平と善」について書いている部分もありましが、yabutaroさんの期待とは異なっており、海洋の境界画定に関するものに対してであり領域主権とは区別されておりました。

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  99. 1.回答が存在しない質問は戸田山和久がいうところの「生産的批判」に該当するのでしょうか。


    します。「生産的批判」とは批判によって生産的(あるいは建設的)な結果を得るための批判と言う意味であり、質問そのものが生産的(あるいは建設的)なものであるという意味ではありません。


    2.「1.」の回答について戸田山和久氏がそのような判断をし学会も支持すると断言できますか?また、それを証明してください。


    断言できます。ぜひとも専門の社会心理学者あるいは科学哲学者のセカンドオピニオンを確認してみてください。
    Devil's advocateになぜDevilという言葉が使われているかを考えてください。Devil's advocateという言葉を作ったのはカトリック教会です。
    カトリック教会がDevilが回答が存在しない質問をすると考えていたとしても不自然ではありません。むしろDevilとはいじわるをする存在なのではないでしょうか。


    「22条に戻」ったのは条約法条約がsf条約の後に発効したものであり、なおかつ不遡及であることをMakotoさんの指摘で議論の途中で知ったからです。

    次に「衡平と善」について
    小田滋前国際司法裁判所判事はこうです。

    ”所詮、領土・領域を争う裁判は司法裁判というよりは、なにを衡平とするかを決める一種の仲裁裁判で、ICJの小法廷や最初から第三国にはいってもらう仲裁裁判がふさわしいと思います。”

    下のサイトで調べて見ました。
    http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/5261/%8D%91%8D%DB%96@/10/
    衡平原則には、「実定法規内の衡平」、「実定法規に反する衡平」(=「衡平と善」)、「実定法規の外にある衡平」の三つがあり小田氏が「衡平」という言葉を使ったからといって機械的に「衡平と善」のことであると解釈したのは私の誤りでした。ごめんなさい(´Д`人)☆彡
    ただ「実定法規に反する衡平」(=「衡平と善」)以外の衡平原則が領土・領域を争う裁判で用いられるケースはあるようです。



    どうもoppさんの主張の根幹には大韓民国は大韓帝国の法的権原を継承していないという考えがあるようです。
    法的権原を継承していないならば確かに1905年に竹島が日本に編入する前に大韓帝国であったとしても1910年の韓国併合で併合の権原で日本領になったということになりますし、法的権原を継承していないなら大韓帝国だった領土を大韓民国に返さなくても良いということになります。
    しかしながら果たしてこれが日本政府の公式見解なのか。。私には良く分かりません。。。

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  100. (yabutaro)「生産的批判」とは批判によって生産的(あるいは建設的)な結果を得るための批判と言う意味であり、質問そのものが生産的(あるいは建設的)なものであるという意味ではありません。
    回答のない質問が生産的な結果をもたらさないから聞いています。「正当化の議論の隙をチェックし、より強い議論に支えられた教義に鍛え上げていく」から生産的批判となる。回答のない質問では何も鍛えられません。「回答不能」で終了です。若しくは回答不能との回答を利用して自分の主張が正当であるかのように装うという悪用さえ可能となります。

    (yabutaro)断言できます。ぜひとも専門の社会心理学者あるいは科学哲学者のセカンドオピニオンを確認してみてください。
    人には「セカンドオピニオンが必要」と言い、自分が問われた場合には「セカンドオピニオンを確認してください」ですか。Yabutaroさんの主張は、セカンドオピニオンに支持されておらず、yabutaroさんのバイアスのかかっている可能性のある「個人的方法論」と現時点では言わざるをえませんね。

    (yabutaro)「22条に戻」ったのは条約法条約がsf条約の後に発効したものであり、なおかつ不遡及であることをMakotoさんの指摘で議論の途中で知ったからです。

    元のyabutaroさんの投稿はこれ
    「通常の用語の意味において」とありますがはたしてこれが「通常の用語」の意味なのでしょうか。ウィーン条約法条約は不遡及のはずです。
    私はmakotoさんへの返答で31条、32条は判例があると書いたはずですが。例えば東グリーンランドの判例では19世紀初頭のキール条約の解釈に「通常の用語の意味」を適用。そして、条約法条約は不遡及と言いつつ同じ投稿の中でyabutaroさんは35条を遡及していますね。
    (yabutaro)すなわち1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であった場合に韓国政府が事実認識の誤りによる第三国の同意のない権利侵害(条約法条約35条)や強行規範違反であるとして国際司法裁判所に訴えたらどうなるでしょうか。

    強行規範なんか遡及したら大変なことになるけど意味がわかっていないんでしょう。

    (yabutaro)機械的に「衡平と善」のことであると解釈したのは私の誤りでした。
    今更。最初から指摘したはずですが。人の話に聞く耳を持ってなかったと言うことですね。

    どうもoppさんの主張の根幹には大韓民国は大韓帝国の法的権原を継承していないという考えがあるようです。
    「法的権原」って何?「法的権原」の定義を示すと共に大韓民国が「法的権原」とやらを大韓帝国から継承したとする国際法学者を提示下さい。今回も私の主張の正当性強化に役立ちそうになさそうです。

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  101. oppさん



    ”回答のない質問が生産的な結果をもたらさないから聞いています。”

    回答のない質問にどのように答えるべきかを考えることによってロジックがきたえられることもあります。

    こちらも参考にしてください。

    http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1118832526

    ”yabutaroさんのバイアスのかかっている可能性のある「個人的方法論」と現時点では言わざるをえませんね。”

    「現時点」とありますが、セカンドオピニオンを確認すればわかります。


    なお、もし「小田氏が国際司法裁判所の判事であったなら」という私の質問はoppさんが仮に小田氏の立場でありなおかつ国際司法裁判所の判事の立場であったらどう考えるかを質問したものであり、
    たとえ小田氏が再びICJの判事になることはなくてもoppさんが生きている限り回答のできる質問のはずです。


    法律問題については私は門外漢であると表明しており、分からないから色々聞いているわけでいったいなぜoppさんがぶちきれてしまわれたのか理解できません。

    oppさんの「個人的見解」にバイアスがかかっている「かもしれない」と書いたからでしょうか。しかしながらこれは私自身に判断能力がないからこのように書いたにすぎません。
    oppさんの「個人的見解」にたいしてセカンドオピニオンを確認すべきと訴えたからでしょうか。しかしながらoppさんの「個人的見解」とセカンドオピニオンが一致すればoppさんの正しさが証明できるはずで、oppさんにとっても悪いことではないはずです。

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  102. ところで私は0PPさんの見解を問い合わせる必要があると思われるので私なりにまとめてみました。
    以下のような文章でよろしいでしょうか。不都合な箇所があれば教えてください。
    また、「理由その二」の「認められない理由」は以下の理由その三からその九まででよろしいでしょうか。



    「0PP氏の見解」


    ”もし将来1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が大韓帝国領であったことが証明されたとしても、ICJは「法の誠実な適用から逸脱することなく法の正しい適用の固有の要講としての衡平」に従って、日本の領有権の成立を認めて竹島を日本領であると審判する可能性は極めて高い。(法の外の衡平や道徳や正当性の問題は一切考慮しないという条件下で。)


    理由その一

    韓国はSF条約の当事国ではないのでSF条約に疑義があるといってSF条約の効力を留保し解釈を変えることを要求することはできない。ICJは法的にSF条約で日本が竹島を放棄したのかどうかを粛々と検証するだけであり、SF条約で日本が竹島を放棄していない以上、ICJが竹島を韓国領と審判することはない。


    理由その二

    韓国がSF条約の第三国の立場で、SF条約に錯誤があるために第三国としての権益を侵されたとしてSF条約の無効を主張することは認められない。(「認められない理由」は以下の理由その三からその九までと思われる。)


    理由その三

    1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が大韓帝国領であったとしても併合条約にて日本は権原を取得している。併合条約で日本は大韓帝国の権益を獲得した。SF条約で竹島は日本領と認められている以上、竹島における大韓帝国の権益は今でも日本に残存しており、竹島の正当な権益を与える可能性のあったSF条約で権益を与えられなかった韓国には竹島における大韓帝国の権益を要求する権利はない。


    理由その四

    1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が大韓帝国領であったとしても当時は有効であった征服の権原によって日本は権原を取得しているという解釈もできる。


    理由その五

    1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が大韓帝国領であったとしても1905年から続く「日本の平和的な実効支配」も権原となるので竹島は日本領といえる。


    理由その六

    ポツダム宣言を受諾した日本は、その八条の「カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルベク」に拘束されるので、カイロ宣言の「日本国は又暴力及貪欲に依り日本国の略取したる他の一切の地域より駆逐せらるべし」の文章によって竹島を放棄すべきという見解があるがこれは成り立たない。
    なぜならポツダム宣言八条には「吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」とある以上「日本国の略取したる他の一切の地域」とは「吾等ノ決定」に相当するSF条約で日本が放棄すべきと明記された地域のみを指しているからである。SF条約では竹島は日本が放棄すべき地域に含まれていない。
    またSF条約調印直前にアメリカは韓国に対し「ポツダム宣言で放棄したとする法解釈は困難」と通告したが(ラスク書簡)、韓国はこの回答に対して異議を唱えていない。これを翻してポツダム宣言受託直前に日本が竹島の権原を有していないと韓国が主張するのははエストッペル(反禁言)に反する。


    理由その七

    そもそも韓国は、現在の権原としてはSCAPINに基づき連合国から継承したとしか主張しておらず、エストッペル(反禁言)がある限りそれを翻す主張は困難。


    理由その八

    日本政府は竹島の領有権原は「無主地先占の権原」であると主張しその旨を口上書で韓国政府に通告してきたが、1905年の島根県編入前に竹島が無主地なかったことが判明した後で竹島の領有権原は「征服」・「割譲」・「併合」の権原であると主張を翻してもエストッペル(反禁言)に抵触することはない。
    なぜならそれが日本の法的立場を改善するものではないからである。過去の事実にそって粛々と個別に判断されるだけである。


    理由その九

    仮にSF条約前に韓国が権原をもっていたとして、韓国はアメリカに錯誤を起こさせたことになる。自ら錯誤に要因を作り、SF条約に影響を与えた後に、法的地位の改善のために撤回するのはエストッペル違反である。



    (「0PP氏の見解」終わり)



    この「0PP氏の見解」はあくまでも「法の外の衡平や道徳や正当性の問題は一切考慮しないという条件下で」のものですが、私の意見を言わせていただければ法律論はともかく日本政府としては少なくとも竹島問題に限っては大韓民国が大韓帝国(当然李氏朝鮮・高麗・統一新羅も)の継承国家であると見なして対応せざるえないのでないかと考えます。
    そうでないと国内外の多くの人に「法匪」呼ばわりされて大顰蹙をかってしまいます。日本政府の立場を強化するよりむしろ弱体化させてしまうように思います。征服の権原や割譲の権原もヤバイ話です。

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  103. (yabutaro)回答のない質問にどのように答えるべきかを考えることによってロジックがきたえられることもあります。

    「小田氏ではない、ICJでもない人間が小田氏、ICJの立場で断言しろ」。さて、これで具体的にどのようにロジックが鍛えられるのでしょうか。
    1.リーマン予想は、将来日本人数学者によって証明されると断言できるか。
    2.リーマン予想を証明せよ。
    どちらも現時点では回答のない質問です。しかし、数学者にとって2のリーマン予想の証明に取り組みことは無意味ではありません。まさに論理が鍛えられます。さて、それでは「1」ではどうでしょう。何も鍛えられません。ロジックの問題ではなく、無責任に断言するかしないかの問題だからです。無責任の断定として好例があります。断言したあとその根拠をこう述べるわけです。

    (yabutaro)Devil's advocateになぜDevilという言葉が使われているかを考えてください。Devil's advocateという言葉を作ったのはカトリック教会です。カトリック教会がDevilが回答が存在しない質問をすると考えていたとしても不自然ではありません。むしろDevilとはいじわるをする存在なのではないでしょうか。

    命題は、「いじわるの中に何ら生産的な結論をもたらさない質問が含まれるか」なのでありこれでは「いじわるの中に含まれるから含まれる」と言っているに過ぎず何の証明にもなっていません。しかも、「不自然ではない」はあくまで蓋然性の問題であり、断定しうる根拠ではないことを自ら暴露しています。


    (yabutaro)この「0PP氏の見解」はあくまでも「法の外の衡平や道徳や正当性の問題は一切考慮しないという条件下で」のものですが、


     正当性や道徳の問題としては意味があることは最初から表明しており、法の枠組みの中で1905年以前の話は意味がないというのが当初からの私の主張です。法の枠組みを外すのであれば最初から争点はありません。領土帰属の問題はやはり国際法に基づくというのが世界の一般的な認識であり、その反復された法実効と各国の法確信があるから法として成立しています。よって、一般性、特殊性の問題がからすれば「あくまでも」の文章は、一般的である国際法に基づく私の主張ではなく、特殊なyabutaroさんの主張のほうに適用すべきことになります。則ち、「一般的には国際法の問題ではあるが、あくまで法の範囲外の個人的良心・道徳という条件下においてのみ、yabutaroさんのいう1905年の事実を考慮しなければならないという主張が成立する」ということになります。

    (yabutaro)法律論はともかく日本政府としては島問題に限っては大韓民国が大韓帝国(当然李氏朝鮮・高麗・統一>新羅も)の継承国家であると見なして対応せざるえないのでないか


     法の枠を外れたyabutaroさんの個人主張だと思いますので、「継承国家」とか法律用語の使用は不適切です。「対応せざるえない」のような作為義務を想起させるのも適切な表現ではないでしょう。YABUTARO氏の良心に基づく個人的見解として、「もし1905年時点で竹島が大韓帝国領だったなら、SF条約とか併合条約等の法的な問題は関係なく、道義面からして日本は自主的に竹島を放棄したほうがいい」であれば、「はぁそうですか。思想信条は自由ですので、ご随意に」で争点はないと思います。

    (yabutaro) ます。日本政府の立場を強化するよりむしろ弱体化させてしまうように思います。征服の権原や割譲の権原もヤバイ話です。
     法の問題ではなく良心として「弱体化する」と勝手に思うのは結構です。しかし、権原という法の枠内の話を持ち出すのであれば「そりゃ違う」という話になります。
     なお、オッペンハイムやリンドレーも日韓併合条約を割譲の類例としており、yabutaro流に言えばヤバイ学者なんでしょう。第二次日韓協約等について「当時は列強の意思のみが重要」としたクロフォード教授なんかもうヤバヤバの学者です。現在の国際法の第一人者ですがyabutaroさんにかかればメッタ斬りです。ちなみに、ブラウンリーも悪意の占有を許容する立場です。
     どうもyabutaroさんは、法理論とは関係なくとか法の範疇外といいつつ、主張の根拠付けに法を用いるという二重基準が見受けられます(内藤正中にも同じような傾向が見られます)。法のトートロジーとなる「法的権原」という用語を使用し法を強調しているかと思うえばそれを問われると、「法律論はともかく」として法律外であることを匂わせつつ、「継承国家であると見なして対応せざるえないと思う」という根拠のない作為義務及び継承国家という法律の概念を持ち出すというチグハグな主張になってしまうわけです。法の枠外の個人的な良心に基づくものとしてお話をされるのであれば結構ですが、権原といった法の問題としての主張であればその根拠(判例や学者)を要求せざるを得ません。それでお聞きしますが「竹島の権原に関してのみ韓国は大韓帝国を継承した」とまぁ理解不能な主張をしている国際法学者はいるのでしょうか。それともyabutaroさんの言う権原とは国際法の権原とは意味が異なっているのでしょうか。であれば今後は「yabutaro流個人的見解としての権原」とでも書いていただけないでしょうか。勘違いしてしまいますので。

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  104. “「小田氏ではない、ICJでもない人間が小田氏、ICJの立場で断言しろ」。さて、これで具体的にどのようにロジックが鍛えられるのでしょうか。”


    「もし小田氏が国際司法裁判所の判事であったなら」と私が書いたのは、国際法に詳しい専門家ならば必ずOPPさんのように答えるとOPPさん自身が考えるほどOPPさんの見解は自明かつ普遍的な見解なのかを確認させていただくためです。
    このような質問をしてみればOPPさんは今一度ご自身の見解を省みて、それが他の国際法の専門家でも賛同するような内容であるのかについて適切な回答がいただけるものと私は期待していました。他人の立場になってものを考えるということはバイアスを取り去るための有効な手段であると私は考えています。
    しかしながらOPPさんのお答えはこのようなものでした。

    「小田氏以外に小田氏の考えがわかる人はいない。人に無理な前提条件を設定した逆質問をして立場を入れ替えるな。くだらない。」

    私はこの文章を読んで、「カ、カテェ・・・、」OPPさんの見解はOPPさんの個人的見解にすぎず、OPPさんの見解はどうあれ、客観的に考えて国際司法裁判所の判事がたとえ1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であった場合でも竹島を日本領であると審判するとは必ずしもいえないのではないか、と判断させていただきました。



    “命題は、「いじわるの中に何ら生産的な結論をもたらさない質問が含まれるか」なのでありこれでは「いじわるの中に含まれるから含まれる」と言っているに過ぎず何の証明にもなっていません”


    「小田氏ではない、ICJでもない人間が小田氏、ICJの立場で断言しろ。」この質問を何ら生産的な結論をもたらさない質問であるとOPPさんが判断したこと自体が適切でないことにお気づきでしょうか。
    本家本元の”Devil's advocate”をご紹介いたしましょう。聖書にはこのように書かれています。

    “さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。そして、四十日四十夜断食したあとで、空腹を覚えられた。すると、試みる者が近づいて来て言った。「あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい。」イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」すると、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の頂に立たせて、言った。「あなたが神の子なら、下に身を投げてみなさい。『神は御使いたちに命じて、その手にあなたをささえさせ、あなたの足が石に打ち当たることのないようにされる。』と書いてありますから。」イエスは言われた。「『あなたの神である主を試みてはならない。』とも書いてある。」”


    「あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい。」
    「あなたが神の子なら、下に身を投げてみなさい。『神は御使いたちに命じて、その手にあなたをささえさせ、あなたの足が石に打ち当たることのないようにされる。』と書いてありますから。」

    普通に考えてこのようなことを言っても生産的な結論をもたらすとは思えません。
    しかしながら「石がパンになるように、命じなさい。」と言われてイエスが「石がパンになるなるわけがない。人に無理なことを言うな。くだらない。」などと逆ギレしてしまったのであれば、悪魔の試みに失敗してしてしまったといわざるをえません。となるとイエスは神の子ではないので万民はイエスを神の子として扱わない方が良い、という生産的な結論を導き出すことができます。
    私の質問に対するOPPさんお答えが「小田氏以外に小田氏の考えがわかる人はいない。人に無理な前提条件を設定した逆質問をして立場を入れ替えるな。くだらない。」というものであったため、私はOPPさんの見解は客観的なものと受け取らないほうがよいという生産的な結論を導き出しました。



    “あくまでも「法の外の衡平や道徳や正当性の問題は一切考慮しないという条件下で」”と書いたのは「0PP氏の見解」を読んでいるであろうギャラリーの皆さんが0PPさん個人のことを血も涙のない冷血漢であると誤解してしまわないように配慮してあえて付け足しました。客観的にものを考えることのできない韓国人や自称「良心的」日本人にはそんなタイプの人がよくいるんですよ。。。


    “(「0PP氏の見解」終わり)”より下の部分はご指摘のとおり私の個人的見解にすぎません。「私の意見を言わせていただければ」とはっきりと書いていますから誤解の余地はないはずです。これについてここで0PPさんと議論するつもりはありません。私が知りたいのは客観的な見解とはどのようなもののであるかであって私の個人的見解は関係ありません。にもかかわらず私が敢えてこのようなことを書いたのは、私の書いた「0PP氏の見解」を読んだギャラリーの皆さんが、私自身が「0PP氏の見解」と同じ考えであると誤解してしまうのを避けるためです。韓国人には文章を曲解して誹謗中傷するタイプの人がよくいるんですよ。。保坂氏とか保坂氏とか保坂氏とか。。。



    これでやっと本題に入れます。。私のまとめた「0PP氏の見解」について0PPさんは全く批判していらっしゃいませんが、これは私のまとめた「0PP氏の見解」を0PPさん自身の見解とみなして差し支えないということでしょうか。

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  105. (yabutaro)「もし小田氏が国際司法裁判所の判事であったなら」と私が書いたのは、国際法に詳しい専門家ならば必ずOPPさんのように答えるとOPPさん自身が考えるほどOPPさんの見解は自明かつ普遍的な見解なのかを確認させていただくためです。

    矛盾です。普遍性を追求するのであれば裁判官の総意である「判決」が最重要であり、個人に帰着させた時点でボラティリティが大きくなります。小田氏にICJや世界各国がその管轄権を与えてない限りその個人的見解に判決以上の普遍性はないと考えられます。

    (yabutaro)OPPさんの見解はOPPさんの個人的見解にすぎず

    あたり前です。ICJの判決がない以上、小田氏のコメントも個人的見解です。そもそも、私が征服の権原に対してどのようなコメントをしていたか振り返っていただきたい。可能性の一つとして提示し、結論としては「厳しいでしょう」です。断定もしてません。また、Yabutaroさんの個人的な「ドン引きの印象」は、時際法を覆す根拠とはなりえないと指摘したはずです。これに対して、

    (yabutaro)それはoppさんが「征服の権原による竹島領有権」について国際司法裁判所の判断は間違いなくこのようなものであると断定的にお書きになっている

    いつの間にか裁判所の立場で私が断定したことになっちゃいました。こういうのを曲解というのではないでしょうか。この曲解に端を発して「断言しろ」だの非生産的な設問に発展したわけです。

    (yabutaro)「韓国人には文章を曲解して誹謗中傷するタイプの人がよくいるんですよ。。保坂氏とか保坂氏とか保坂氏とか。。。」

    自分で、曲解のケーススタディーを実践されたのでしょうか。

    (yabutaro)他人の立場になってものを考えるということはバイアスを取り去るための有効な手段であると私は考えています。

    曲解のケーススタディーで保坂氏の立場になってみてバイアスは取り除かれましたか?

    (yabutaro)普通に考えてこのようなことを言っても生産的な結論をもたらすとは思えません。

    Yabutaro流 Devil's advocateでは、セカンドオピニオンの提示がない限り、聖書の「Devil's advocate」が方法論としての「Devil's advocate」と全く同一のものか証明されないことになります。

    (yabutaro) イエスは言われた。「『あなたの神である主を試みてはならない。』とも書いてある。」(中略) 私はOPPさんの見解は客観的なものと受け取らないほうがよいという生産的な結論を導き出しました。

    個人的にそう思うは結構ですけど、「Devil's advocate」の目的の主客が逆転しています。方法論としてDevil's advocateの例として聖書を引用されたのですから、このイエスの回答が模範回答なんでしょう。それでは今回のケースに当てはめてみます。イエスは質問に真っ向から答えておりません。別の前提条件を提示することによって質問への回答を回避しています。このレトリックを今回のケース当てはめた場合、模範解答は以下のとおりとなります。
    私が断言したいのも山々ですが、管轄権が与えられているのはICJです。私にはありません。このため、私に管轄権があるか先決的抗弁をお願いします」
    (管轄権については言及したような気がしますが。。。) こんなうっちゃりでバイアスがないことの証明が成立するんでしょうかね。このうっちゃりでどのような生産的結論が得られるのでしょうか。このような禅問答に私は全く価値を見い出すことはできません。時間と労力の無駄です。
    yabutaroさんが提示した戸田山和久氏のコラムを読み返して、方法論としてのDevil's advocateの目的及び実践の方法を再確認されてはいかがでしょうか。

    (yabutaro)「私の意見を言わせていただければ」とはっきりと書いていますから誤解の余地はないはずです。

    誤解を避けるのであれば、「法的権原」「国家継承」なんて思わせぶりな用語を使用も避けたほうがいいですね。
    「個人的には法やSF条約の問題と関係なく、良心として1905年時点の領土に基づいて決定すべきと考える」
    法的な部分を争わないのであればこれで十分であり全く誤解の余地もなく、最初から争点とはならないでしょう。自分が「韓国人には文章を曲解して誹謗中傷するタイプの人がよくいるんですよ。。保坂氏とか保坂氏とか保坂氏とか。。。」と書いているように、作為抽出して「法的権原なんてあるんだ」とか「やっぱり大韓帝国から政府継承してる」と曲解する韓国人が出てくる可能性がありますから。

    (yabutaro)これでやっと本題に入れます。。私のまとめた「0PP氏の見解」について>0PPさんは全く批判していらっしゃいませんが、これは私のまとめた「0PP氏の見解」を0PPさん自身の見解とみなして差し支えないということでしょうか。

    異なっていますよ。yabutaro流Devil's advocateに対する「Devil's advocate」及びyabutaro流1905年遡りに対する「Devil's advocate」が終了した後にお答えします。yabutaro流Devil's advocateによるyabutaroさんの個人的満足のために随分時間を浪費させられたのでこれくらいは許容範囲でしょ。

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  106. oppさん曰く、

    “普遍性を追求するのであれば裁判官の総意である「判決」が最重要であり、個人に帰着させた時点でボラティリティが大きくなります。”


    薮太郎曰く、

    “この件については専門家によるセカンドオピニオンあるいはサードオピニオンを確認してから改めて議論すべきと考えます。oppさんの見解とセカンドオピニオンサードオピニオンが同じものであるならばoppさんの見解が正しいと確認できます。

    個人に帰着させた時点でボラティリティ(変動性)が大きくなるのであれば、oppさん一人の見解だけでなく他の人の見解を確認してからでないと建設的な議論ができないにきまっています。これではoppさんがなぜ私に対していちゃもんを付けているのか理解しかねます。


    oppさん曰く、

    “yabutaro流Devil's advocateに対する「Devil's advocate」及びyabutaro流1905年遡りに対する「Devil's advocate」が終了した後にお答えします。”

    私の「Devil's advocate」は国際司法裁判所の判決がどのようになるかを明らかにするためのものであり、これによって実際にoppさんの見解をかなり明らかにすることができました。
    しかしながらoppさんの「Devil's advocate」は竹島問題と何の関係があるのか私にはさっぱりわかりません。他人の運営するブログで管理人そっちのけでブログの趣旨と無関係のことを延々と論じ続けることが気まずいことであるという認識はoppさんにはないようです。
    「このイエスの回答が模範回答なんでしょう。それでは今回のケースに当てはめてみます。」とあるのを見るに至っては、oppさん自身がこれが正しいやり方であると考えているとも思えません。


    oppさん曰く、

    “yabutaro流Devil's advocateによるyabutaroさんの個人的満足のために随分時間を浪費させられたのでこれくらいは許容範囲でしょ。”

    国際司法裁判所の判決がどのようになるかを予想するのは大変意義のあることであると私は考えます。それに「セカンドオピニオン」を持ち出した時点で私が議論を打ち切ろうとしていたのは明らかで、その後も度々打ち切ろうとしていたにもかかわらずoppさんが喰らいついてきたわけで、それを「時間を浪費させられた」と書かれてしまうのは心外です。


    この記事のタイトルが“ Happy Takeshima Day !! ”であることを、どうもoppさんはお忘れになっているようです。これ以上管理人さんに迷惑をかけるべきではありません。

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  107. 身勝手な人ですね。自分さえ要件が済めば、いくら他人の時間を無駄にしようが関係ないんですかね。折角、ディベートごっこで悪魔になってyabutaroさんの論理補強をしてあげようとしているのに、肝心な部分にお答え頂けておりませんので繰り返します。イエスは回答のない質問に更なる前提条件を付与して回答を回避するという「論理の隙の穴を埋めるのではなく、論理の隙に蓋をする方法」を使用しています。「いじわる」には「いじわる」で返すということです。この本家本元の論理を適用した模範解答です。
    「私が断言したいのも山々ですが、国連憲章にて裁判管轄権が与えられているのはICJです。このため、安保理なりICJでの先決的抗弁なりでまず私に管轄権を与えて下さい」
    これで、yabutaroさんのいう悪魔の試みは成功しました。これで私の主張にバイアスがかかっておらず普遍的なものであることが証明されました。極めて生産的な結論が得られたということでよろしいでしょうか。

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  108. (yabutaro)>しかしながらoppさんの「Devil's advocate」は竹島問題と何の関係があるのか私にはさっぱりわかりません。

    え?方法論の間違った適用をしていれば、間違ったアウトプットになります。yabutaroさんが導いた竹島に関する結論も間違ったものになります。当然でしょ?そこで、本家本元のロジックを適用した模範解答で確認をさせていただいています。模範解答はyabutaroさんが意図していた生産をもたらしましたか?もし違っているのであれば、インプットが違っていたのか、方法論という関数が違っていたのか、期待していたアウトプットがそもそも検討違いのものであったのかということになります。いかがですか?回答をお願いします。

    yabutaro流1905年遡りに対する「Devil's advocate」については、竹島の直接的な話題です。Yabutaroさんの主張が、
    「個人的には法やSF条約の問題と関係なく、良心として1905年時点の領土に基づいて決定すべきと考える」
    であれば、Devil's advocateするほどの論理がもう存在しないかなと思いますので、これで終了します。Yabutaroさんの主張はこれでよろしいでしょうか? 回答お願いしますね。

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  109. 薮太郎曰く、


    “もし小田氏が国際司法裁判所の判事であったなら、たとえ1905年の島根県編入の前に国際法上竹島が韓国領であった場合でも、「法の誠実な適用から逸脱することなく法の正しい適用の固有の要講としての衡平」に従って、日本の竹島領有権の成立を認めて竹島を日本領であると審判すると断言できますか?。”


    私がこの文章を書いたときに実は二つの模範解答を想定して、それに対する対応策を考えていました。
    この二つの模範解答をご紹介いたしましょう。


    模範解答その1

    「断言できます。」


    模範解答その2

    「断言できませんが、私は私の考えが正しいと考えています。人はパンのみにて生きるにあらず、法律家は小田氏のみ存在するにあらずして、私が小田氏の審判を断定できないからといって、あるいは私の考えと小田氏の考えが異なるからといって、私の考えが間違っているとは限りません。」


    この二つの模範解答に対する私の対応策がどのようなものであったかはご想像にお任せしますが、要するに私が訴えたいことは「ボラティリティが大きいのであればセカンドオピニオンは必ず必要である」というのが生産的な結論であるということです。


    一方oppさんの考える模範解答はこのようなものであるようです。


    opp版模範解答

    「私が断言したいのも山々ですが、国連憲章にて裁判管轄権が与えられているのはICJです。このため、安保理なりICJでの先決的抗弁なりでまず私に管轄権を与えて下さい」


    私はこれが模範解答であるとは全く思っていません。悪魔が語った『神は御使いたちに命じて、その手にあなたをささえさせ、あなたの足が石に打ち当たることのないようにされる。』という文章とイエスの語った『あなたの神である主を試みてはならない。』という文章は両方とも旧約聖書に書かれているものです。
    「聖書の御言葉」であったからこそイエスは「聖書の御言葉」を使ったDevil's advocateに対抗できたといえます。


    しかしながら国連憲章にて裁判管轄権が与えられているのがICJでありICJの判事であるのは事実ですが、ICJの判事の審判がどのようなものになるかをICJの判事以外の人間が予想して断言することまで国連憲章は禁止していないはずです。国連憲章で禁止しているのはICJの判事以外の人間がICJで審判することであって、判事以外の人間がICJでの審判を予想して断言することではありません。
    したがってoppさんが単に断言したいだけで審判になりたいわけでないのであれば国連憲章にて裁判管轄権が与えられている必要はありません。私のDevil's advocateが「ICJで審判しろ」というものであるならば、「ICJでの先決的抗弁なりでまず私に管轄権を与えて下さい」で対抗できます。いわゆる「一休さんの屏風の虎退治」の事例ですね。しかしながら「屏風絵の中の虎を退治するにはどうしたらよいか教えろ」という要求ならば少なくとも「退治したいので虎を屏風から出してください」などと一休さんに切り返される心配はありません。


    百歩譲ってこれが模範解答であると仮定しましょう。実際のoppさんの回答はこのようなものでした。


    「小田氏以外に小田氏の考えがわかる人はいない。人に無理な前提条件を設定した逆質問をして立場を入れ替えるな。くだらない。」

    これは明らかにopp版模範解答とは異なっています。したがってopp流Devil's advocateによってもoppさんが神の子でないことが証明できました。はい終了。



    “「個人的には法やSF条約の問題と関係なく、良心として1905年時点の領土に基づいて決定すべきと考える」
    Yabutaroさんの主張はこれでよろしいでしょうか?”


    はい。まったくそのとおりです。「良心として」と付け加えておけば好感度アップ間違いなしです。私はよく韓国人学者のインチキを糾弾していますが、これは私は資料ヲタクとして全く趣味でやっていることであって、日本と韓国を仲たがいさせようとしているわけでも韓国人が火病をおこすのを見て喜んでいるわけでもありません。
    韓国人のインチキ研究に迎合する気は私には全くありませんが、韓国の立場に配慮することが日本の国益にかなうのであれば韓国の立場に配慮するのがよいと考えます。いくら司法的解決といってもその前段階で日韓両政府で話し合いをする必要があるし、それでだめなら何とかして韓国政府にICJ行きに応じさせなければなりません。
    竹島問題について言わせてもらえば、人と問題を切り離して事実を元に最大限の利益の確保を目指すべきと考えます。


    「私の個人的見解は関係ありません。」とはっきり書いているにもかからずいったいなぜoppさんが私の個人的見解を証明しようといていらっしゃるのか理解しかねます。
    私の個人的見解はICJの審判の内容とは全く関係ありません。関係あるのは「0PP氏の見解」の妥当性のはずです。
    しかしながらこれ以上続けると管理人さんに迷惑をかけることになるのでこれにて終了させていただきます。

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  110. (yabutaro)
    模範解答その1
    「断言できます。」
    模範解答その2
    「断言できませんが、(略)」

    私にとって「その1」は無責任な発言。「主張」は自分が正しいと考えてするものであり、yabutaroさんを含め国際法上の有効な反駁がない状況下で「その2」のような言及をする必要性もありませんし、小田氏という個人にターゲットを矮小化する意味もわかりません。共に価値も生産性も見いだせない模範解答です。

    (yabutaro)「ボラティリティが大きいのであればセカンドオピニオンは必ず必要である」というのが生産的な結論
    これは「Devil's advocate」によって導き出された結論でしょうか。これについては、最後に言及させていただきます。なお、ボラティリティの意味がyabutaroさんによって改変されてしまっています。いつもこんな調子です。

    (yabutaro)oppさんが単に断言したいだけで審判になりたいわけでないのであれば国連憲章にて裁判管轄権が与えられている必要はありません。
    自分の思いこみで、物事を都合良く進めていくのがよくわかる部分です。「なりたいわけではないのであれば」という訳がわからない論理構成の文章にyabutaroさんの苦労のあとが伺えます。仮定条件が成立しないということはお考えにならないんでしょうか。鳩山首相に思いを勝手に創作されたクリントン国務長官になった気分です。私は「単に断言したいだけ」という願望はもっておらず、断言できる環境であれば断言するというニュートラルなポジションです。Yabutaroさんは、「oppが断言したい」という条件設定しなければ、自分の論理(=管轄権の必要性の否定)を組み立てることができないことから、人の願望を勝手に設定してしまうわけです。

    (yabutaro)私のDevil'sadvocateが「ICJで審判しろ」というものであるならば、「ICJでの先決的抗弁なりでまず私に管轄権を与えて下さい」で対抗できます。
    YabutaroさんのDevil's advocateは「判決を断言しろ」であり、私にとって「判決の断言」とは揺るぎなく100%の確実性をもって行うものであり、それには私に管轄権をいただくかタイムマシーンで未来を覗きICJの判決を見るかということがない限りできない相談なわけです。則ち、私は100%の確実性と管轄権は密接不可分な関係としており、その私に断言を求めるのであればその環境を要求しているわけです。これをyabutaroさんが不可分でないとするは、私の本心と異なった私の気持ちを勝手に創作しているだけであり、鳩山首相が感じたといふ「クリントン長官の思い」と同じ類のご都合主義の妄想でしかありません。

    (yabutaro)いわゆる「一休さんの屏風の虎退治」の事例ですね。しかしながら「屏風絵の中の虎を退治するにはどうしたらよいか教えろ」という要求ならば
    「判決を断言できますか」という不確実事象の予測と「どうしたらよいか教えろ」という判断と手段の委任が、yabutaroさんの脳内で等値になってしまっていることに驚きです。アナロジーとして成立しておりません。

    ・将軍様:「屏風絵の中の虎を退治できると断言できるか」
    ・一休さん:「それなりに自信はございますがやられる可能性も0ではなくお約束まではできません。この回答でご不満であれば、私には実践するしか手段がありませんので虎を屏風から出して下さい。」
    ・将軍様:「わらわは、虎退治ができると断言することを禁じてないぞよ。一休は単に虎を退治できると断言したいだけで、退治を実践したくはなかろう?」
    ・一休さん:「根拠もなくテキトーに断言するという無責任なことを私はできませんので、断言したいとは露にも思いません。私に虎退治ができるかどうかは、実践して証明するしか手段が残されていません。断言を要求するのであれば虎を屏風から出して下さい。」
    ・将軍様:「や~い、や~い。一休は虎退治できると断言しなかった。一休に虎退治ができるというのは証明されなかった。生産的だった。」

    なんと不毛なやりとり。


    これは明らかにopp版模範解答とは異なっています。したがってopp流Devil'sadvocateによってもoppさんが神の子でないことが証明できました。はい終了。

    これも本気で言ってるのでしょうか?本気だとしたら劣化と思いこみが惨すぎますね。私としての解答は「くだらない」です。opp版模範解答は、くだらないDevil's advocateにのってあげて、その教義どおりに、つまりイエスのうっちゃり回答に準えて作った回答です。違って当然です。
    私は無責任なことはしたくありませんのでしかるべき環境を与えて下さらないと断言できません。国連憲章にて裁判管轄権が与えられているのはICJです。このため、安保理なりICJでの先決的抗弁なりでまず私に管轄権をお与え下さい。
    Yabutaroさんは、鳩山首相ばりに私の思いを勝手に受け取って、この回答を否定することにのみに没頭しておりました。私がこの回答で問いたかったのはそんなことではありません。イエスのような質問のうっちゃりで何が得られるのですか?客観性が証明されるのですか?ということです。これにはお答えいただけませんでした。

    Yabutaroさんの劣化をこれ以上晒すのは不憫ですので結論を言います。これまでyabutaroさんが実践されたDevil's advocateなるものでは客観性の検証もバイアスの排除もできません。イエスのやりとりを見る限りDevil's advocateは論理の穴をついて論理を補強若しくは穴に蓋をするためのものです。所謂ディベートのテクニックを磨くものですね。
    バイアスの排除及び客観性の検証のための方法は「判決を断定しろ」というyabutaro流Devil's advocateではなく、所謂「ソースだせ」です。しかし、ICJの判決が出ていない以上確定ソースを出すことは世界中の誰1人としてできませんので、現時点では全ての意見が想定でしかありません。あとは、専門家の「ソース」によって客観性の確からしさを向上させる方法をとることになりますが、今回の命題である「現在の権原が1905年の権原に影響される」なんてアホな主張をした学者はおらずその反論も存在しません。故にこの命題自体が学者も含めて直接的なソースが存在しないという潜在的な問題を有しています。個人として可能なことは国際法の原則からの類推(時際法、征服の権原)及び個々の原則に対する学者の主張による補填です。
    命題自体が潜在的に抱えている課題について、「ICJの判決を断定しろ」と無理強いしてもなんの生産も得られません。このような無理な要求により生じる効果としては、回答不能という回答をもってyabutaroさんが溜飲を下げ、個人的な満足感を得ることぐらいでしょう。所謂オナニーです。
    (yabutaro)「ボラティリティが大きいのであればセカンドオピニオンは必ず必要である」というのが生産的な結論
    セカンドオピニオンもソースの1つであり、言ってることは「ソースは必要」ってことです。「ICJの判決を断定しろ」とは全く無関係に導かれる結論です。医療現場でセカンドオピニオンを聞くのにDevil's advocateを必要としません。2chでもウィキペディアも使っている方法です。しかしながら、この命題にソースは存在しませんから、以下のやりとりになるでしょうか。
    「ソースある?」
    「あなたの論証、私の反証、双方ともビンゴの論文はない」
    「じゃ、できれば他の人の意見も聞きたい」
    この3ステップで終わりです。yabutaro流Devil's advocateがいかに時間と労力の無駄だったかおわかりでしょうか。

    (yabutaro)はい。まったくそのとおりです。「良心として」と付け加えておけば好感度アップ間違いなしです。
    了解致しました。好感度upは私の興味の対象外なのでご随意にどうぞ。しかしながら、法的権原とか竹島のみ国家継承とか苦笑しか出ない粗末な根拠付けを試みなければ、無駄な時間、無駄な労力、無駄なコメントを費やすこともなく、管理人様へ迷惑をかけることもありませんでした。残念な行為でしたね。

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  111. Old Japanese map states Dokdo as Korean territory

    "The Dokdo Institute of Yeungnam University disclosed for the first time an old map titled “日露淸韓明細新圖” drawn up by Imperial Japan’s land and sea survey department in 1903. The map explicitly shows Dokdo Island as belonging to Korea. Japan has been claiming Dokdo, which is located of the eastern coast of the Korean Peninsula, as its territory for some time despite much historical evidence to the contrary.

    The newly discovered map was acquired late last year by a man named Yoo Sang-chul, aged 51, who has been collecting Dokdo-related resources for over a decade. The Dokdo Institute learnt the presence of the map only after Yoo asked it to examine its worth.

    The map, which gives both an accurate and detailed depiction of other continents like Europe and Africa also showed Jukdo (竹島, present Ulleung-do Island) and Songdo (松島, present Dokdo Island) as parts of the territory of Joseon (朝鮮界). Joseon is the old name of Korea, referring to the Joseon Dynasty (1392-1910). The map further labels the waters surrounding Korea as the Goryeo (Korea) Sea."

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  112. Matt,
    The island marked as "Takeshima" seems to be very close to the Korean penninsula - I'm sure it's Argonaut island, fake island of Ullengdo. And the island "Matsushima" is Dagelet island which is the true Ulleungdo. There are no Liancourt Rocks in the map which is today's Takeshima/Dokdo.

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  113. Pacifist wrote "The island marked as "Takeshima" seems to be very close to the Korean penninsula - I'm sure it's Argonaut island, fake island of Ullengdo. And the island "Matsushima" is Dagelet island which is the true Ulleungdo. There are no Liancourt Rocks in the map which is today's Takeshima/Dokdo."

    It's far from the truth. The reason "Takeshima" is very close to the Korean penninsula is it's very small scale map. Takeshim in this map is in the position of Argonaut of western maps, but it's obviously Ulleongdo.

    Almost every island labeled as Takehsima in the 19th century Japanese maps is in the incorrect location which is closer to Korean penninsula than its original location. Even so, Takeshima is Ulleongdo, thus Matsushima (松島) is none other than Dokdo.

    In case Takeshima, Matsushima and Liancourt Rocks(or Hornet Rocks) are drawn, Takeshima can be non-existent Argonaut island. In case, only Takeshima in the solide line and Matsushima are depicted, Takeshima and Matsushima are definitely Ulleongdo and Dokdo respectively.

    The Reason Takeshima Was Drawn in the Postion of Argonaut .
    The 19th Century Japanese Maps Marked Matsushima(Dokdo) as Korean Land

    "日露淸韓明細新圖" is one of the maps showing the Japanese perceived Matsushima(Dokdo) as part of Korea. In other words, this map is one of the clear evidence proving Japanese incorporation of Dokdo in 1905 was an act of stealing the land belonging to Korea. Japan tried to deprive Korea of Dokdo once again in the process of negotiating the SF Peace Treaty by aggressively lobbying US to reverse the Allied Powers’ decision to return Dokdo to Korea, but failed. In 21st century, Japan again attempts to take away Dokdo from Korea. Why is Japan so mean to Korea?

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