竹島問題の歴史

16.4.10

1892 -  Podzhio "Overview Korea" - Russian Diplomat dropped Takeshima/Dokdo from Gangwon-do.

On 19th Feb, 2010, Korea's Northeastern Asian History Foundation put an article on the new book on Podzhio (Михаил Александрович Поджио), a Russian diplomat who published a book on Korea ("Очерки Кореи") first in Russia in 1892. In the article, Korean claimed that the map attached to included Takeshima/Dokdo into Korean territory "precisely" (독도를 한국의 영토로 정확하게 포함시켰다). However, it was totally untrue, as always. (We have talked about this here. )
“독도는 한국 영토”, 구한말 러시아 외교관이 밝힌 독도 영유권의 진실

1892년 출판된 러시아외교관 포지오의 저서는 러시아에서 한국에 관한 최초의 저작으로서 1895년 독일어로 번역 출간되었다. 포지오의 저작에 첨부된 지도에는 서도를 올리부차(Оливуца), 동도를 메넬라이(Менелай)로 표기하여 독도를 한국의 영토로 정확하게 포함시켰다. 특히 포지오는 한국의 동쪽 바다의 이름을 동해와 일본해(Японском и Восточном морях)라고 표기했다. 포지오는 19세기 후반 한국쪽 바다를 동해, 일본쪽 바다를 일본해라고 생각하여 이미 동해와 일본해를 병기했다.

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1892年に出版されたロシア外交官ポジオの著書は、ロシアで韓国に関する最初の著作として1895年ドイツ語で翻訳出版された。 ポジオの著作に添付された地図には、西島をオルリブチャ(Оливуца)、東島をメネルライ(Менелай)と表記し、独島を韓国の領土に正確に含ま せた。 特にポジオは、韓国の東側の海の名前を東海と日本海(Японском и Восточном морях)と表記した。ポジオは、19世紀後半、韓国 側の海を東海、日本側の海を日本海と考え、すでに東海と日本海を併記した。(matsuさんによる日本語訳)

As we can see, Podzhio depicted not only Ulleungdo(О-Лон-То) / Dagelet and Olivutsa(Оливуца) & Menelai(Менелай) on the map but also Tushima and part of Japanese main islands as well. There is no single clue that the mapmaker considered Takeshima/Dokdo as Korean territory at all. Strangely, he also added phantom island Argonaut.

Apparently, NAHF concealed the important fact that Podzhio only mentioned Ulleungdo(Dagelet) in the article of "Gangwon Province (江原道)", which was supposed to include Liancourt Rocks, if he considered the islands "Olivutsa(Оливуца) & Menelai(Менелай)" was Korean territory. Actually, Podzhio dropped Takeshima/Dokdo from Gangwon-do. Off course there is no mention of the islands in other Provinces.

In conclusion, though we have no hint which country Russian Diplomat Podzhio considered "Olivutsa(Оливуца) & Menelai(Менелай)" (Takeshima/Liancourt Rocks) belonged to from this book, it is highly unlikely that he considered it did to Korea, contrary to Korean claim.

Korean academics should stop this kind of distortion of the historical documents, immediately. Having said that, if it wasn't for them, we didn't even notice about Podzhio and his book. Moreover, while investigation, we have found more important official book by Russian Ministry of Finance published in 1900, which "precisely" erased "Olivutsa(Оливуца) & Menelai(Менелай)" (Takeshima/Liancourt Rocks) from the Map of Korea.


By the way, Podzhio wrote that Korean peninsula's eastern limit was 130° 15′.

All the documents and translation(Korean to Japanese) were provided by matsu. Thanks, matsu, as always.

References ;

“독도는 한국 영토”, 구한말 러시아 외교관이 밝힌 독도 영유권의 진실 - Northeast Asian History Foundation cache

From German Edition published in 1895.
"Geographische Skizze"
"7. Provinz Kan-Uon."

Both original and German translation of Михаил Александрович Поджио "Очерки Кореи" is stored in Japan's National Diet Library.
ミハイル・アレクサンドロビッチ・ポジオ『朝鮮概観』(1892) 原著 ロシア語(1892) , ドイツ語版(1895)

18 comments:

  1. I think the map is kind of confusing and outdated.

    The Russians had confirmed Argonaut was non-existent for decades before this.

    A better map proving Russia thought Dokdo was part of Chosun was made by Russia in 1857 and was called the East Coast of Korea. Japan also copied this chart and even gave it the same title while also including Dokdo as Korea’s East Coast.

    http://www.dokdo-takeshima.com/1857-russian-navy-map.html

    Kaneganese, a six-year-old can look at map above and notice the 130.15 degree limits of Korea has nothing to do with Ulleungdo (Dagelet Island) or outlying islands. That limit wouldn’t even include the northern tip of Korea’s eastern mainland.

    I gotta say it’s pretty creepy watching you slag Korean academics for “distorting facts” and in the same breath try to pull the wool over our eyes.

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  2. Matsu様 調査お疲れ様です。ありがとうございます。

    いつものごとく、韓国メディアが歪曲ばかりを報道していることがよくわかる事例の一つに加わりましたが、それは資料をきちんと調べる方があってこその話です。ありがとうございます。

    ところで、
    Olivitsu/MeleneiもDageletもArgonautも記載されているのは確認できました。

    しかし、疑問が残ったのは、
    「ポジオは、19世紀後半、韓国側の海を東海、日本側の海を日本海と考え、すでに東海と日本海を併記した。」

    との話ですが、 この地図において、日本海(Sea of Japan)はЯпонское мореは日本海ですが、東海はどこに書かれているのかわかりますでしょうか?

    地図がよく見えないのですが、ひょっとすると、日本海の一部分であるBroughton Bay(East Korean sea/East Korean Gulf/Mer de Coree)の部分にそれらしき表記の記載があるのかと推測するのですが、読むことができません。確認が取れそうでありましたらよろしくお願いいたします。

    (ちなみに、朝鮮はロシア語でKopen 海はморе 東はвостокです。よろしくお願いします)

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  3. GTOMRさん

    東海は書いていないようですね。解像度の高い地図をお送りします。(三分割してスキャンした物を私が合成して一枚に仕上げた物です。)また、ドイツ語版の付属地図もあわせてお送りします。(こちらは三分割のままです。合成して頂けると助かるのですが。)

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  4. 付属地図だけでなく手元にある本文も確認しましたが、”Японском(日本) и Восточном (東)морях(海) ”という表現は見当たりませんね。全文があるわけではないので、断定は出来ませんが。

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  5. Kaneganeseさん

    きれいにポストしていただいてありがとうございます。

    ポジオ(1850~1889)は1889年に39才で死んでおり、この1892年の本は、関係者によって彼の死後に出版されたものです。彼自身の前書きには1885年12月とあります。(韓国語訳本 6p)
    よって、この本の認識は1885年までにもたらされたものです。

    一方で、巻末折込の地図は、出版の1892年段階で、関係者によって別途に作られている可能性もあります。

    この本には、韓国の地理のみならず、さまざまな分野の記述がありますが、地理的な記述を見る限り、記載されているのはО-Лон-То(鬱陵島)だけで、本文にオリヴツァ、メネライの記述はありません。

    一方で巻末地図には、しっかりとオリヴツァ、メネライが明示されています。
    ただ面白いのは、島が3つ描いてあることです。パルラダ号によって、2つの島として発見されているはずですが、こうした一般人のあいだには、正確な地図は普及していなかったのかもしれません。

    少なくとも、ポジオの本文の江原道の地理の記述にはО-Лон-То(鬱陵島)だけしかなく、オリヴツァ、メネライの記述はありません。
    報道や紹介で「独島が韓国領土と記述されている」というのは、何を意味するのかわかりません。

    これが1900年の『韓国誌』になると(この本はロシア大蔵省の編纂になるもので、原著が国会図書館にありますが、3巻本の大著です。GTOMRさんが昔、訳本について紹介したことがあります)この付属地図には、鬱陵島のみがあり、オリヴツァ、メネライはのっていません。よって、1900年の段階では、ロシア政府が、オリヴツァ、メネライ(=竹島=独島)は韓国領ではないと考えていたことが明白になります。

    日本海、東海の記述ですが、ポジオの巻末地図には「ヤポンスコエ・モーレ」(日本海)とあるだけで、東海という記述はありません。

    なお韓国語訳本には、付録のCDがあり、ここにロシア語原文が収録されています。しかし、なぜか巻末地図は入っていません。

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  6. 枯れ木も山の賑わい・・・・・・・


    [私の考えは…] 日本の独島妄言が与える教訓
    [中央日報] 2010年4月23日


      日本の独島侵奪のための妄言は、毎年2月、島根県を中心に発生する定期的な妄言と、時を選ばすに発生する非定期的な妄言がある。島根県を中心にした定期的妄言は、前もって緻密な計画によって隠密に推進されるのが特徴だ。一方、非定期的な妄言は、主に極右勢力が特殊な目的を果たすために突発的に表出する。

      しかし、最近再発した日本の独島妄言は、その症状が既存の様相を脱皮した深刻な合併症の様相を見せている。独島妄言は地方政府の次元ではなく日本の中央政府の問題として様相が変化し、既成の世代による短期的解決よりは後世代による長期的解決のための教育的対応へと方向を迂回している。その間、私たちは、日本の独島妄言を一部の県と右翼勢力の作品として扱って、独島を紛争地域化しようとする下心に騙されまいと消極的な無対応政策を広げて来た。しかし、このような愚をこれ以上犯してはいけない。

      独島妄言は、韓国が危機に処している度に繰り返されて来た。最近の独島妄言も、国内状況がとても難しい状況において出た。国内では天安艦の沈没事態、世宗市問題、四大川問題などで国論が分裂して国民は深い悲しみに沈んでいる。このように、独島妄言は、私たちに現在が危機であることを伝える表象の役割をしている。今や独島妄言の目標は緻密な領土侵奪に置かれている。したがって、私たちは、日本の独島妄言が与えるメッセージを教訓にして、私たちが面している危機状況を徹底的に認識し、国民の力量を一つにすべて結集しなければならない。

    李ポムグァン/慶一大学独島•間島教育センター長




    2010/04/29

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  7. 国会、「独島特委構成決議案」処理

    [ニューシース] 2010/04/28


    【ソウル=ニューシース】朴セジュン記者 = 国会は28日本会議を開き、日本の独島領有権主張に対して国会レベルでの対策を準備するための「独島領土守護対策特別委員会構成決議案」を処理した。
      与・野党は、この日の午後、国会で本会議を開いて独島の「'実効的支配」強化と国内外世論の醸成のための業務を担当する独島特委構成決議案を在籍210人中賛成207票、棄権3票で可決した。
      決議案には日本の独島領有権侵奪の企図を糾弾し、特別委員会を通じて根本的かつ中長期的な独島領土守護対策を準備するよう決議する内容が込められている。特別委員会は18人の委員で構成され、今年の末まで活動する。



    2010/04/29

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  8. 島嶼巡礼 鬱陵島方面(十)
    東亜日報 1928.9.10
    俗人の足跡は稀なるも、各種学者の研究地
    聖人峰を訪ねれば噴火口がくっきり
    冠冒峰に往来○○

    各種の学者を迎え、この夏の鬱島の繁盛

      鬱陵島は火山によってできた島であるだけに、船に乗ってこの島を見て回れば海浜がいかに奇妙な様子であるか知ることができ、○○○○○○○○○○○○○○○描き出すことができない。○○○○○○○「鬱陵島に行かずして鬱陵島は分からない」と答えて、むしろ○○○○○○○。近年、夏には地質学者や鳥類、植物などを研究する博物学者や、海中の魚類を研究しようとする水産学校の教師たち、さらに森林を研究する学者、○山を○○○○する学者たちが、それぞれ自分が知らせたいと考える鬱陵島のその部分をして○○○○○研究している。あたかも、近年の鬱陵島は多様な学者たちを迎え○○○○○○○。

    俗人の足を○○敢えて聖人峰へ
      そういう鬱陵島を○○○○で見て回らなければならない筆者の道は、○○○○○○○が無くはない。ともかくも、海上一周を○○私は、この日(24日)、山岳の鬱陵島を○○○噴火口を目指して、最も高いという聖人峰へと俗人の足跡を○○○○のはこの日の朝8時だ。名前からして○○○○な聖人峰の高さは海抜3,246尺だ。聖人峰付近の高山鳥類と植物を採集する元先生と共に案内者の○○○○○○○飲料水の準備が○○○○○だという。

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  9. 伐木の声も○○○深山窮谷を○○
      2時間ほどで冠冒峰に着き、○○○○○○○○○○○○○○1,800尺だという案内者の言葉に○○○○○○○。○○○○○○○の声だけが山あいに○○○○○○○○○○○○○○伐木の音も聞くこともなく、○○○○○○○聞くことのできない名も知らぬ鳥たちの声だけが聖人峰○○○○○○○。三千余尺ならば朝鮮最高の白頭山の三分の一○○○○○○○。

    聖人も俗客を歓迎、足跡も見出せないところ
      この島の○○峰に登れば、時は午前11時半、雨が○○○○○○○○○○○○○○。今回の島嶼巡礼の○○○○○○○○○○○○○○。西へ向かって半島の○○○○○○○霧が深いときには四方の海の波が○○○○○○○見え、噴火口が○○○○○○○見える。○○○○○○○鬱陵島は○○○○○○○。高山植物の一つを○○○○元先生と共に記念撮影をした後○○○○この峰を離れたが、「いつまた登って来て自分を訪ねて来てくれるのか○○○○」と言っているかのように聖人峰が○○○○○○○○。

    泥棒どころか乞食もいないこの島の生活
      聖人峰があるからそうなのか、島はたいていそうなのかも知れないが、この島には泥棒、強盗を始め、人が人を殺すなどの俗事は見ることができない。昨年の警察署の犯罪統計によれば、森林令違反8件○○○○窃盗はわずかに2件○○○○○○○○この島の人々の自作自給○○○○陸地よりも確かに進んでいる。

    (第10回終わり)




    2010/04/29

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  10. 「鬱陵島開拓当初に江陵から本島に移住した85歳の古老、洪在現氏や、崔興昱氏、崔鶴穆氏の言うのを聞けば、独島は清明な日、鬱陵島から見ることができる島なので、鬱陵島開拓以後、鬱陵島の人たちはすぐにこの島を発見し、・・・・・・」

    (申奭鎬「独島所属について」『史海』創刊第一号)の「6鬱陵島開拓と独島」


     というような説明がありますが、上の第10回の記事では、聖人峰に登るに当たって独島が見えるとか見えないとかには全く関心がありません。



    2010/04/29

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  11. 「独島の『実効的支配』強化」というのですが、法的には日本領と確定していた竹島を李承晩ラインによって取り込み、紛争化し、占拠し続けているのですからヘリポートを造ろうが海洋科学基地を設置しようが実効支配とは呼べません。また「国内外世論の醸成」がなければならないというのは韓国の領有主張の根拠がいかに薄弱かということです。自分たちの主張が正当なものだというのなら、韓国は自国内で日本の主張を紹介する活動を認めるべきでありましょう。しかし本当のことを国民が知ることを懼れているのか、それを禁じています。のみならず日本の公教育にまで嘴を差し挟んでいます。それは内政干渉以外の何物でもありません。

    問題は日本政府です。「(日本政府の)立場を伝えている」というのですが、それは消極的な対応と言わざるを得ません。竹島の施政権を奪還するよう手を尽くすべきです。それは日本のためでもあると同時に韓国のためでもあります。短期的には葛藤状況に陥るでしょうが、長期的にみるなら日韓友好に貢献するものと思います。

    2010.4.29

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  12. 「SCAPIN677によって返還されたのだ」と韓国が主張した最初はいつどこでなのでしょうか?

    1952年2月12日付け口述書で良いのでしょうか。

    2010.4.29

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  13. Here's a different point of view on the whole Dokdo stuff...

    Below are some links to articles where Japan and China are fighting over a couple of similar godforsaken rocks in the Pacific Ocean that nobody lives on. Apparently, these uninhabited rocks (like Dokdo) are potentially worth billions.

    So what's my point? Even if you could somehow forget about the paranoid nationalistic fervor on both sides, there's no way either Korea or Japan is going to easily give up control of potentially billions of dollars worth of ocean resources.

    www.nytimes.com/2005/05/20/world/asia/20iht-web.0520tokyo.html

    www.msnbc.msn.com/id/24029480/

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  14. Andrew, the islands you are referring to are called the Okinotorishima’s and are just a couple of rocks the size of a bedroom at high tide. Japan claims around 400,000 sq kms around these rocks. Although UNCLOS states that rocks that cannot sustain human life are not able to generate an EEZ Japan insists they can.

    No doubt if Japan were to claim Dokdo she would also claim an EEZ there and draw an equidistant boundary between Korea’s Ulleungdo and Dokdo. This would box in fishermen on Dokdo’s adjacent island, Korea’s Ulleungdo.

    Because Japan is now insisting Dokdo is a basepoint from which she claims her EEZ, Korea has no option but to do the same. Japan’s aggressive EEZ stance is straining relationships with her neighbors and jeopardizing fishing agreements.

    You can read a little about Japan’s unfair practices here.

    http://www.dokdo-takeshima.com/why-japan-cant-have-dokdo-i.html

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  15. Makotoさん、1952年2月12日付け口述書で良いと思います

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  16. chaamieyさんありがとうございます。
    1952年2月12日付け口述書がきちんと確認できる最初ですよね。1951年7月19日の梁裕燦大使とダレス国務省顧問との会談でもSCAPIN677なんて持ち出していないですよね。

    SCAPIN677が領有根拠とならないことは国際法を理解している者なら直ちに理解できることですし、1952年11月5日付け Young極東局北東アジア課長から駐韓国米国臨時大使への書簡に「1946年1月29日のSCAPIN677に基づく領土主張を韓国はしていますが、これによって日本がこの地域に永続的に主権を行使することが排除されることはありませんでした。」とあるように米国からもSCAPIN677が領有根拠とならないと示唆されていたはずです。それなのに韓国はSCAPIN677に固執してきました。一連の動向をみるに1952年当時、韓国は国際法を理解していなかったと判断せざるを得ません。断片的な知識に拠った勝手な主張(たとえば李承晩ラインの設定などはその好例です。)を展開してきたのではないでしょうか。

    SCAPIN677が領有根拠となりえないことを日本は政府レベルで積極的に情報発信すべきだと思います。葛藤を懼れて消極的に対処するのは良い結果をもたらしません。SCAPIN677が竹島領有の根拠となりえないこと、サンフランシスコ講和条約によって日本領と再確認されていることを繰り返し繰り返し国際社会に訴えていくのが王道なのではないでしょうか。韓国のヘリポート改修や海洋科学基地建設に対しても外交ルートを通じて抗議するのはもちろんのこと、外務報道官の記者会見でも取り上げるべきだと思います。

    2010.5.6

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  17. 兪鎮午たちの「外交委員会」が作成し、卞栄泰外務部長官がみずから英訳したという韓国政府のサンフランシスコ条約についての「意見書」なるものの原文は、どこかに公開されているのでしょうか?

    http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2010/03/1974-52224-276-278-6.html

    東亜日報 1974年5月23日
    外務部の中に外交委構成
    「ムチオ」の李承晩への説得が功を奏したのか、1951年4月16日、外務部の中に対日平和条約を扱う外交委員会を設け、草案修正のための意見書作成を開始した。(略)
    意見書には、帰属財産と領土問題、漁業ライン問題などをのせた。特に領土問題の中で、「パラン島」の実存の当否は確実ではなかったが、たとえ実存しなくてものせておいて害になることもないだろうと結論し、独島とともに条約2条(済州島、巨文島、鬱陵島)に追加することを要求することにした。意見書は卞栄泰(ピョン・ヨンテ)外務長官が精密に検討し、直接英訳した。
    1951年6月の初め。卞長官は外交委員達に、韓国政府のメモランダムをすでに米国政府に送ったと報告し、英文からなるメモランダム文書を配った。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    1951年4月16日に「外寇委員会」が設けられ、検討の結果出来た意見書は、6月の始めには既に米国に送られているわけですから、この「メモランダム」が米国側に送られたのは、1951年の5月の終わりから6月の初めごろ、ということになります。
    アメリカの、どこかの文書館で公開されていないのでしょうか。

    Makotoさんがおっしゃるように
    そこには、SCAPIN677への言及はないんだろうと思います。


    梁裕燦大使とアメリカ側との会談の記録(1951.7.9、および7.19)というような形では、すでに公開されていますが、この一連の会談記録の中には、SCAPIN677への言及は、ありませんよね。

    http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2008/08/1951-coversation-of-yu-chan-yang-with.html

    http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2008/08/1951-2nd-conversation-between-yu-chan.html

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    それから、Chaamieyさんが最近見つけてくれた『東亜日報』1946.2.5
    すなわち、SCAPIN677が公表された時の東京からの報道で、この韓国の新聞『東亜日報』に日本の行政から一時的にはずれる区域の列挙に独島が含まれていないことは、当時の韓国側の認識と関心を知る上で非常に重要だと思います。SCAPIN677の原文には確かにあったはずですから。
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    http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2010/03/1974-52224-276-278-6.html
    18番目のコメント   2010.03.16

    縮小された日本の領域
    胴体だけ残り支離滅裂
    1946年2月5日東亜日報

    【東京3日発共立】
      連合国軍総司令部は、2日、日本政府に対して日本の領域を指定して来た。太平洋米軍総司令部2日午後4時半の発表によれば、連合国軍総司令部は、日本政府に対して、日本の範囲外にある地域に対して政治と行政上の行使を中止するよう命令した。そして、日本領域の範囲を北海道、本州、九州、四国及び北緯30度以北の約一千に達する本土附近の諸小島と限定したが、大戦前の日本領土から今回除外される主要な地域は次のとおり。

      朝鮮本土、満州、台湾、樺太南部及び北緯30度以北の諸島嶼中においても太平洋上において委任統治領として支配している一切の島嶼、鬱陵島、済州島、伊豆南方の小笠原諸島、火山列島、南鳥島、千島列島、鹿児島県口之島、澎湖島及び北緯30度以南の琉球列島全部が日本の領域から離脱された。また、連合軍総司令部は、日本政府に対して、この指令によって日本領域外と定義された地域において活動する日本の政府機関の一切に関して行政権は即時中止するもので、連合軍総司令部の許可なくしては、海運関係の通信と天気予報に関する業務を除き通信も絶対禁止すべしとした。

    http://db.history.go.kr/front/dirservice/ibrowser/viewIpqDataNP.jsp?pItemCode=np_da&pIpqParam=np_da_19460205_x0001&pLevel=6&pDatabaseID=np_da&pRecordID=np_da_1946_02_05_0100&pTitle=%eb%8f%99%ec%95%84%ec%9d%bc%eb%b3%b4+%3e+1946%eb%85%84+%3e+02%ec%9b%94+%3e+05%ec%9d%bc+%3e+%e7%b8%ae%e5%b0%8f%eb%90%9c+%e6%97%a5%e6%9c%ac%e9%a0%98%e5%9f%9f+%e8%83%b4%e9%ab%94%eb%a7%8c+%eb%82%a8%ea%b3%a0+%e6%94%af%e9%9b%a2%e6%bb%85%e8%a3%82%28%e6%9d%b1%e4%ba%ac%29...

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  18. ここまで学んだことをまとめてみました。改良すべき点がありましたらご指摘いただければ幸いです。
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    韓国政府の公式見解によると「獨島は歴史的、地理的かつ国際法的根拠から明白に大韓民国固有の領土である。」のだそうです。しかしながら地理的な近接性は領域主権の決定要因にならないとはパルマス島事件の国際仲裁裁判の判決で明らかにされているところであり、意味のあるものではありません。

    国際法上の根拠として韓国政府は以下のような主張を展開しています。

    "1945年、第2次世界大戦の終わりに伴って、日本は暴力と貪欲によって略取した全ての地域から追い出されるべきであるというカイロ宣言(1943年)により、我が国固有の領土である獨島は、然るが故に大韓民国の領土となった。それに付け加えて、連合国による占領統治期間中にも「連合国総司令部覚書(SCAPIN)第677号」により、獨島は日本の統治・行政の範囲から除外された経緯もあり、そのことはサンフランシスコ平和条約(1951年)でも再確認された。"(獨島に対する大韓民国政府の基本的立場/http://www.mofat.go.kr/mofat/popup/2008_dokdo/lang/jpn.pdf)

    「日本は暴力と貪欲によって略取した全ての地域から追い出されるべきであるというカイロ宣言により大韓民国の領土となった」と言うのですが、カイロ宣言は米英中3カ国首脳会談のメモのようなものであり単独では法的に無意味なものです。また日本の与り知らぬところで行われた約束であって、日本はこれに拘束されません。カイロ宣言が法的に意味を持ってくるのはポツダム宣言に「カイロ宣言の条項は履行すべき」と明記され、日本がそれを受諾したからです。そして連合国はポツダム宣言にしたがって日本の占領統治を進めました。その占領政策の総仕上げが講和条約の締結です。

    サンフランシスコ講和条約は第一条で「日本国と各連合国との間の戦争状態は、第二十三条の定めるところによりこの条約が日本国と当該連合国との間に効力を生ずる日に終了する。」とし、b項において「連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する。」としています。すなわち講和条約の発効とともに占領期間中に発せられた諸指令が無効となるとしています。そして領域については、第二条a項で「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済洲島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」としています。

    講和条約の発効とともに占領期間中に発せられた諸指令が無効となるのですから、SCAPIN677号も講和条約の発効とともに効力を失うと解されます。つまりこれにより一旦SCAPIN677号発令以前の状態にしているのです。その上で、日本が処分権を行使して放棄する領域を第二条で列挙しているのです。その中に竹島は含まれていません。

    領土を割譲するにしろ放棄するにしろ、それをなし得るのは当事国以外にありません。たとえ敗戦国であってもです。これは国際慣習法として確立したものです。言い換えるなら領域主権の変更は戦勝国であろうとなし得ないのです。したがって韓国が主張する「カイロ宣言によって返還された」とか「SCAPIN677号によって返還された」などということはあり得ません。まして「サンフランシスコ平和条約でも韓国領土であると再確認された」などということはサンフランシスコ講和条約を条約の解釈法を規定した条約法に関するウィーン条約に則って解する限りあり得ません。


    以上見てきたように、「獨島は歴史的、地理的かつ国際法的根拠から明白に大韓民国固有の領土である。」という韓国政府の主張のうち、地理的根拠も国際法的根拠も存在しません。では歴史的根拠はあるのでしょうか。結論から言ってしまえば、これもありません。

    韓国は『世宗実録地理誌』などの古文書に記されている「于山島」こそ「独島」だと主張しています。そして『世宗実録地理誌』にある「于山武陵二島 在県正東海中 二島相距不遠 風日清明則可望見 新羅時称于山国」との記述を「二島は互いに距離が遠くなく、天気が良ければ望み見ることができる」と読み、この条件に当てはまるのは鬱陵島と「独島」だけだとして領有の根拠としています。しかしながら「于山島=独島」という等式は証明されていません。「独島はかつて于山島と呼ばれていた」という認識があるのみです。

    朝鮮の文献を見ていくと「于山島」とは鬱陵島のことを言っているか、あるいは鬱陵島の北東沖合2kmほどのところにある竹嶼(韓国名:竹島)のことを言っているとしか解釈できないものばかりです。現地に赴いたことがあるとは思えない曖昧な記述に終始しています。存在を知らなかったか版図外と認識していたとしか思えないのです。それを裏付けるものとして1906年7月13日付の『皇城新聞』をあげておきます。「鬱島郡の配置顛末」という記事で「該郡所管島は竹島(チュクト)と石島で、東西が六十里で南北が四十里なので合せて二百余里だという 」としています。鬱島郡は鬱陵島以外に竹島と石島を所管し、その範囲は東西24km、南北16km(朝鮮里は1里=0.4km)だとしています。つまり鬱陵島の南東92kmのところにある竹島は含まれていないことになります。この記事は1906年当時の朝鮮で竹島は知られていないか版図外と認識されていた傍証とすることができるでしょう。


    歴史的にも、地理的にも、そして国際法的にも、韓国には竹島領有の根拠がありません。「日帝の侵略による最初の犠牲」と民族主義を煽る象徴としていますが、それは歴史の捏造・歪曲以外の何物でもありません。国家権能の平和的かつ継続的な表示を伴う占拠をなした事実のない竹島を自国領と称して占拠し続けるのは、犯罪的行為としか言いようがないのです。しかも平和的に解決しようとする日本政府の提案を拒否し、交渉にさえも応じていないのは法による解決が不可能と思わざるを得ません。国連憲章は「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない。」(第二条第3項)としています。韓国が国連加盟国であるならば、韓国政府は直ちに交渉のテーブルに着くべきです。その結果どうしても一致できない時には、国際司法裁判所に付託すればよいでしょう。「韓国固有の領土である独島をめぐり紛争は存在せず、司法的解決の対象にならない。」などというのは詭弁に過ぎないのですから。

    2010.5.10

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