竹島問題の歴史

19.8.08

問5 : 「新增東國輿地勝覽」(1530)は竹島/Liancourt Rocks/独島について記述している?

Gerryの投稿の日本語訳です。原文はこちら ↓
 : 「新增東國輿地勝覽」は1530年に李朝朝鮮王朝によって編纂された、55巻に及ぶ地理の本です。これは1481年の「東國輿地勝覽」の改訂版です。朝鮮時代の韓国の各管理領域の地理、歴史、習慣、官庁、寺、神殿、砦、土地の名産品、および観光名所などについて説明しています。

この本には「八道總圖」という朝鮮の八つの各道(県)の地図と、各県の地図が全部で9枚付属しています。これらの地図は「東覽圖」と総称されています。左の地図は「八道總圖」です。


韓国側の領有権主張の証拠となりうる?
「新增東國輿地勝覽」とその付属地図は韓国側の竹島/Liancourt Rocks/独島に対する領有権主張の重要な証拠の一つとされています。というのも韓国側は「この本は鬱陵島の近くに于山島という、彼等が竹島だと主張する島があると記述しており、さらには附属の二つの地図に于山島が韓国の領土として描かれている」と主張しているからです。

しかしながら韓国側のこうした主張には問題があり、それはこの于山島が竹島/Liancourt Rocks/独島であるという証拠がどこにもないからです。実際、韓国側が領有権主張のもっとも重要な証拠として提示する地図には、于山島が鬱陵島の真西に描かれていますが、現実の竹島は鬱陵島の東南92kmにあるのです。上に挙げた「八道總圖」の拡大図を参照してください。

さらに、本文中では于山島と鬱陵島は隣接島で、朝鮮半島東岸から見ることができると記述していますが、実際の竹島は朝鮮半島東岸からは239km離れており、眺めることはできません。

干山島は鬱陵島の西にある?
実際には鬱陵島の西には島がないのに、1530年の地図はなぜ山島を鬱陵島の真西に描いたのでしょうか。

それは、1530年の"
山島"は鬱陵島の主島の名称で、"鬱陵島"が隣接島の竹嶼をさすと考えられていたからです。この混乱は1412年に"流山國島"という島から一団の人々が朝鮮半島の港へ船でやってきて、そこの役人に、"武陵島"という付属島がある、と述べたことに由来しています。

彼らは実際に"流山國島"を本島と言いました。流山國島は
山国島の記述違いです。鬱陵島の新羅時代の古名は"山国"であり、" 武陵島"は"鬱陵島"の記述違いなので、1530年の地図は、実際には"山島"と名付けられた鬱陵島の主島と、"鬱陵島"と名付けられた鬱陵島の付属島をその東に描いているわけです。

朝鮮半島東岸から見える
すでに述べたように、1530年のこの地理書において、于山島/鬱陵島という島は、"朝鮮東岸から見える"と記述されています。該等書の実際の記述は、東岸の村、蔚珍について記述した箇所にあります。
于山島 鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中 三峯岌嶪撑空 南峯稍卑 風日淸明則峯頭樹木 及山根沙渚 歷歷可見 風便則二日可到 一說于山鬱陵 本一島 地方百里

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于山島 鬱陵島 は時に武陵、或いは羽陵とも呼ばれ、2島は県の真東の海中に在る。3つの峰が及業(きゅうぎょう)として空を支え、南の峰はやや低い。天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる。風が良ければ2日で到達できる。一説に于山と鬱陵は本来1つの島で、100里(約 40キロメートル)四方ある。

上の記述では、二島の方角や距離を与えることによってその位置を表現しています。方角は、"蔚珍の真東"であり、距離は"天候が清明で風がある日には見えるほど近い"といってるのです。右の写真は、上の古地図にも出ている、韓国東岸にある東海市を見下ろす高台から撮影された鬱陵島です。

韓国側は、この記述は蔚珍と鬱陵島の間の距離ではなく、于山島(韓国側はこれを現在の竹島だと主張しています)と鬱陵島との間の距離をあらわしたものと主張しています。しかしながら、この主張には無理があります。なぜなら、方角は明らかに蔚珍からみた二島の方角であるわけですから、距離に関しても蔚珍から二島までのものであると考えるのが自然です。さらに、島の樹木が見えると記述されていますが、問題の竹島は荒涼とした岩石島で、木など無いのです。 さらに、この記述では于山/鬱陵が本来一つの島であったとされていることに注意して下さい。おそらく、鬱陵島に附属島があるということが知られていなかった時期があったのでしょう。また、面積については一つしか記述がありません。つまり、この二島は一つのメインの島とその附属の小さな島嶼であることが伺えます。実際、これは鬱陵島とその東岸2kmにある小さな附属島嶼の竹嶼、と言う地理的事実に当てはまるのです。

「新增東國輿地勝覽」于山島鬱陵島の全文
以下は「新增東國輿地勝覽」于山島鬱陵島の記述の全文です。
于山島 鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中 三峯岌嶪撑空 南峯稍卑 風日淸明則峯頭樹木 及山根沙渚 歷歷可見 風便則二日可到 一說于山鬱陵 本一島 地方百里 新羅時 恃險不服 智證王十二年 異斯夫爲何瑟羅州軍主 謂于山國人愚悍 難以威服可以計服 乃多以木造獅子 分載戰艦 抵其國誑之曰 汝若不服 則卽放此獸踏殺之 國人恐懼來降 高麗太祖十三年 其島人 使白吉土豆 獻方物 毅宗十三年 王聞鬱陵地廣土肥可以居民 遣溟州道監倉金柔立往視 柔立回奏云 島中有大山 從山頂向東行至海一萬餘步 向西行一萬三千餘步 向南行一萬五千餘步 向北行八千餘步 有村落基址七所 或有石佛鐵鍾石塔多生柴胡藁本石南草 後崔忠獻獻議 以武陵土壤膏沃 多珍木海錯 遣使往觀之 有屋基破礎宛然 不知何代人居也 於是移東郡民以實之 及使還多以珍木海錯進之 後屢爲風濤所蕩覆舟 人多物故 因還其居民 本朝太宗時 聞流民逃其島者甚多 再命三陟人金麟雨 爲按撫使 刷出空其地 麟雨言土地沃饒 竹大如杠 鼠大如猫 桃核大於升 凡物稱是世宗二十年 遣縣人萬戶南顥 卒數百人 往搜逋民盡俘 金丸等七十餘人而還 其地遂空 成宗二年 有告別有三峯島者 乃遣朴宗元往覓之 因風濤不得泊而還 同行一船泊鬱陵島只取大竹大鰒魚 回啓云 島中無居民矣

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于山島 鬱陵島は時に武陵、或いは羽陵とも呼ばれ、2島は県の真東の海中に在る。3つの峰が及業(きゅうぎょう)として空を支え、南の峰はやや低い。 天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる。風が良ければ2日で到達できる。一説に于山と鬱陵は本来1つの島で100里(約40 キロメートル)四方ある。

新羅の時代、大変険しい土地で、征服するのが難しいと思われたが、智證王十二年 (512 A.D.)に、異斯夫という者が何瑟羅州軍の長となり、こう言った。「于山人は無知で野蛮なので、武力で征服するのは困難である。そこで、知略を施さなければならない。」彼は恐ろしく獰猛そうな猛獣を木で作り、複数の軍の船に分載して島へ行き、住民へこう告げた。「もし服従しなければ、猛獣達を島へ放してお前達を食わせてしまうぞ。」島の住民は、恐れおののいて出てきて、服従した。

高麗太祖十三年(930 A.D.)に、その島の住民は白吉と土豆を使いにして貢納した。毅宗十三年(1159 A.D.)には、王は、鬱陵の土地は広大かつ肥沃で人民が居住可能であると聞き、溟州道(江原道)審察使の金柔立を派遣した。金は(島から)帰還し王にこう述べた。「島の中央に大きな山がある。頂から海岸までの距離は、東へ1万歩、西へ1万3千歩、南へ1万5千歩、北へ8千歩である。島には7つの村の跡がある。石仏像、鉄鐘、石塔もある。柴胡、蒿本、石南草が沢山自生している。」時代は下って、崔忠獻が武陵の土地は肥沃で貴重な樹木や海産物が取れると奏上したので、王が役人を派遣した。役人は人家の跡があったものの、いつ頃人が住んでいたのか判然としないが、もし東部の村人達をこの島に移住させれば、貴重な山海の物産を採集するだろう、と報告した。後に、しばしば強い雨風によって多数の犠牲者がでたので、移住民は連れ戻された。

太祖の時代(1392 ~1398 A.D.)に、多くの人が島へ逃げ込んだ、と伝えられる。三陟の住民である金麟雨が再び按撫使に任命されて島へ向かい、島の住民を強制的に退去させ、空島 とした。金麟雨はこう報告している。「島の土地はとても肥沃で、竹は柱の如く太く、鼠は猫の如く大きい。桃の種は升のように大きい。その島の産物は、皆そ んな具合である。」

世宗20(1438)年、蔚珍人で萬戸職の南顥を数百名の兵士とともに島に派遣し、亡民を捜査確保させた。彼は金丸ら70余人を連れ戻した。その地は遂に空島となった。

成宗2(1471)年、三峯島に人がいると告げる者がおり、そこで朴宗元を派遣し探索させたが、風濤のため行けずに戻った。同行の一船が鬱陵島に到達し、大竹やアワビなどを持ち帰った。戻ってから島に居住民はいないと奏上した。

以上見てきたように、1530年の「新增東國輿地勝覽」は、韓国側の領有権主張を裏打ちするものではありません。

参照

5 comments:

  1. Thanks, pacifist

    Could you proofread it for me?

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  2. Looks good, Kaneganese. Thanks.

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  3. 文中、于山とすべき箇所が、干山となっているように思います。もし違っていれば訂正をお願いします。

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  4. 小嶋日向守 様

    本当ですね...これまでの投稿を全て見直さないといけません。貴重なご指摘を頂き、ありがとうございました。

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